病気とともに生きることと、暮らすこと

明け方、父が母を連れて帰ってきた。
どうやら、お腹に腹水がかなり溜まってしまっていたらしい。
無事帰ってきた母の姿にほっとして、私も束の間の眠りにつく。

数時間仮眠し、午後一「希少ガンに詳しいらしい」と噂の先生に会いに、銀座へ。そんなことはないはずなのに、久々の外出のような気がして、なんだか足下がふわふわしているような感覚。

本当は母を連れていきたかったけれど、体調が優れずに私だけ。現地に到着してLINEの動画で家と繋ぐと、「へえ、こんな使い方もできるんだねえ」と先生は感心していた。

数万円支払い、なんとか1時間の相談枠を作ってくれた先生はいつも通っている大きな病院とは違い、本当に親身に、今まで知らなかったことをたくさん教えれくれた。

「もちろん排除できれば一番なのだけれど。すぐには追い出せないかもしれない場合。その場合は引き分けに持っていくために準備をする。これからきちんと生きるために。健やかに暮らすために。身の周りを固めることからはじめよう」と。

1. 治療を受けるための体力をつけなければいけないこと。まずは自力で通院できるくらいまで、体力を回復を目指すこと。
- 漢方は有効な手立てのひとつ。東洋医学・癌漢方の医者を周辺で探す。

2. 緊急時対応してくれる、地元で在宅のサポートできる人を探したほうが良いこと。
- 昨日のような緊急時のため、きれるカードは何枚でも手元に用意しておいた方が良い。「地域包括医療センター」という、相談に乗ってくれる場所がある。まずは数カ所カルテを作ることを目標に。

3. 介護保険を申請しておくこと
1で在宅サポートしてくれる医者を見つけたら、次に介護保険の申請を。車椅子を借りたり、起き上がるのが困難な時にベッドを貸してくれたりする。


それはそれは丁寧に順番を整理しながら話をしてくれた。
確かに、私も父も、「はやく母の病気をなおさなければ」と治療にばかり目が行ってしまっていたけれど。(もちろん、一刻の猶予も許されないような状況なので、こうなってしまうのは当然なのだけれど)

大切な癌にかかってしまった時。そして母のように「手立てがない」と言われてしまった時。癌を排除することに一生懸命になる前に。引き分けを目指していく。

父と母とも相談し、一旦クリスマスから年末は、環境づくりに注力していくことになりそうです。

自分と、母の記録のためにつけ始めたnoteだったけれど。
こうやって有力な情報も残しつつ。
いつか、誰か同じ境遇に陥った人のためになれば良いなと、ふと思い始めました。

今は自分の記録のために。
好き勝手綴っていきます。




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