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世界から母が消えて1年経ってしまったらしい。まじか。

母が他界して1年経った。

こうして筆をとってみたものの特段描きたいことは見つからず、それでもやはり何か書いておいた方が、後々のわたしが読むことを考えると良いのだろうな、と思い向き合ってみます。

亡くなってからはそれはもう大変で手続きだの残ったローンで住めなくなった実家の引っ越しだの、母が亡くなる前に騒動になった父と浮気相手(?)との直接決戦だの、もう娘は目が回るような1年を過ごしました。

それもこれも母が世界からいなくなってしまったせいだよ。少しでも申し訳ないと思うなら戻ってきなさいよ。

わたしは多分母が嫌いだった。嫌いだなあ、と思っていた。
というと言葉が強すぎてしまうけれど、あまり尊敬していなかった。だって口を開けばネガティブを並べるし、化粧は下手だし、勝気だし、笑い声は大きいし、片付けは苦手だし。何かあれば人のせいにしてばかりの母をみて「絶対にこうはならないんだから」と心に決めてみたりしたけれど、こうして32歳になった今はどうでしょう。
年々母に似てきてないですか。
やだやだ。これが血ってやつですね。

こうやって欠点ばかり並べては苦手だと思っていた母を、多分1番好きになりたかったのはわたしだし、現に父が浮気している(諸説あり)と分かったときは、相手の女を殺したいほど憎んだ。
あのときわたしは初めて「あ、わたしは母のことがきちんと好きなのだな」と思った。もちろん父も。
「怒り」って興味のない相手にはそもそも沸かないのだと思う。
あ、怒りには種類があって、カッとなる方の怒りではなくて、なんというかフツフツ湧き上がる怒り。コトコト煮込まれるスープのように、じっくりと中の具材にも染み渡ってとってもとりきれないような、あのじとっとぬめっとした怒りね。

あれはそもそも好きの裏返しで、それでもってストレートに好きだと思えない自分に対しての怒りなのだと思う。

だからわたしは最初から母も父も愛おしかったのだ。家族が好きでした。

今日は父とふたり母の仏壇に花をあげた。
黄色い名前もしらない花と、桜と、なんか大きいふさふさしたピンクの子。
お線香を焚いてちーんとひとつ、今日くらい本当に母に言葉が届かないかと律儀に自分の住所と名前を告げて、宛名がわからないと困るから母のフルネームも伝えて、神社じゃないんだからなあと自分自身にツッコミをいれながら、近況報告をした。


母、わたしは元気にやってます。
あいも変わらず写真を撮っています。
好きな人と暮らしています。
彼はウォンバットに似ています。わかる?カピバラみたいな動物ね。
父も今日もど天然を発揮しながらしぶとく元気です。
新しいおうちは狭いけれど、日当たりが良いです。
あなたが増やしてしまった猫三匹も元気です。元気すぎて困ってます。

これからも元気にやっていきます。
どうかそちらもお元気に過ごしてください。


人はみんな死ぬのだ。1人残らず。
どんなに憎んでも好きでも憧れてもくそ野郎でも等しくみんな死ぬのだ。

こんな悲しい想いをあと何回しなければいけないのかと思うと、わたしは1人も大事な人なんかいらないと思うし、もう誰とも知り合いたくないとも思う。

それでも私たちはこれからもたくさんの人と出会い、別れ、生きていかなきゃいけないのだ。

誰だ人生なんて暇つぶしだなんて言ったやつ。
わたしはこんな切なくて悲しい暇つぶしなんかいりません。

なんて文句を言っても仕方ない。
この残酷な世界で、今日も明日もわたしの人生はどうやらまだ暫くは続いていくらしいのだから。

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古性のち | Noci Kosho
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