映画感想『ドラえもん のび太と空の理想郷(ユートピア)』(2023年)
2023年3月11日鑑賞
内容のネタバレを含みます
面白かった。
出木杉による冒険の舞台の提示、日常生活に追い詰められて現実逃避したがるのび太という映画ドラえもんとしてこれ以上ないくらいテンプレート通りの始まり方をする今作。しかし内容はといえば、今までのシリーズになかったテーマや描写に挑んだ意欲作だった。
いつものメンバー、特にジャイアンとスネ夫が優等生的になるのと引き換えに徐々に個性を失い、言動に血が通わなくなっていく場面の恐ろしさ。観客である子ども達には、この怖さがどれだけ伝わっているのだろうかと考えた。
というのも、漫画『ドラえもん』のエピソード『ココロチョコ』の中で、のび太が「世界中の心が一つになれば、平和になると思うよ」と話すのに対して静香ちゃんが「大ぜいが同じこと考えるなんて、気持ち悪いわ」と返すくだりがあるのだけれど、当時小学生だった自分は静香のこの言葉にピンと来なかったからだ。 “心を一つにする”ということに含まれる恐ろしさを理解するには、当時の自分はまだ幼かった。本作の怖さもこれと似通ったテーマから来ており、観た子ども達の中にはジャイアン達が画一的な優等生になっていく描写を怖いものだと感じない子もいるだろうなと思った。この映画の伝えているメッセージは、成長に従って観客の中で育っていくものだと思う。
優等生じゃなくてもこれがぼくだ、いろんな人がいろんな個性を持っているから世界は素晴らしい、というテーマを語る寓話として本作は非常に良くできていると思うし、チャレンジングなテーマ設定で好ましいと思う。
しかし、テーマを語ることに終始しすぎていて、映画版としてのワクワク感に欠けているきらいもあると思った。
せっかく空が舞台なのだから力を入れた飛行機アクションが見られるのだろうなと思っていたらその描写は微妙に中途半端なものだったし(20年以上前の『翼の勇者たち』の方がよっぽど凄い)、パラダピアがいろんな時代を飛び回っているという設定もあまり生かされなくてもったいないなと思った。今作で一番童心に帰ってワクワクしたのが“算数体育”の授業の描写なんだけど、それは児童公園のアスレチックやバラエティ番組でも見ることができるタイプの卑近なワクワク感なので、映画のスペクタクルとしては物足りなかった。
いうなればこの作品自体が“優等生”的で、意識が高くて出来が良くて心優しいヤツなんだけど、突き抜けて楽しいところがあるかというと…という感じがある。
あと最後にのび太が「この世界は素晴らしい!」みたいなことを満面の笑みで言って、それにドラえもんが「そうだね」と優しい微笑みで応えるんだけど、最近のドラえもん映画のこういう場面での“観客の感動待ち”みたいな間のとり方が本当に苦手で、「そのヘンなニタつきをやめろ!」と言いたくなってしまう。俺は乱暴で意地悪で強情張りだから仕方ないぜ。
それでもこの映画がかなり好きだと思えるのは、メッセージの良さもあるけどそれよりも、ドラえもん映画という長いシリーズの中で新しい種類の面白さに挑戦し、シリーズの可能性を広げているというところだ。
何と言っても本作は全編通してジワジワと恐ろしさを増していく管理社会と洗脳の描写が出色で、ホラー度で言えばシリーズ屈指だろう。
また、のび太・ドラえもんとジャイアン・スネ夫・静香の心がしばらく噛み合わなくなるという展開も、『のび太の宇宙開拓史』を除いて定石であった5人が全編通してチームとして動くという定番を崩していて新鮮だった。
のび太の描かれ方も、射撃の腕前や優しさといった美点ではなく、逆に「できない」ことが彼を主人公たらしめているのが今までに無く、いい視点だなと思った。
ドラえもん映画としては異色作だし、物足りない部分もあるけど、観た子どもに少し大人なメッセージ(とトラウマ)を残し、シリーズの可能性を拡張した本作は、とても大切に思える1本だった。