『新・のび太の大魔境』(2014年)と、結果を先取りする約束【映画ドラえもん感想シリーズ】

2014年公開『映画ドラえもん 新・のび太の大魔境~ペコと5人の探検隊~』
2024年1月16日 AmazonPrimeVideoにて鑑賞。

 今をときめく八鍬新之介の初監督作品。雨の降りしきる暗い夜の街をお腹を空かせた主人公がとぼとぼと歩くアバンタイトルや、爆撃や火炎の恐怖を容赦なく描くクライマックスは『窓ぎわのトットちゃん』に先駆けている。

 映画ドラえもんシリーズにおいては、今までのリメイクものに比べて、旧作および原作漫画にとても忠実なのが特徴だった。セリフもなるべく原作の言い回しを活かしている。
 冒険に出る前の展開は原作漫画からカットされているシーンが多く、のび太がペコに芸をさせようとする、ペコがジャイアン達の計画を聞いてのび太に付いてくる、のび太が夜中に謎のお告げを聞く、出木杉が魔境の存在を否定してペコに吠えられる、といった描写が無くなっていた。この削ぎ落としは今作の特徴かと思いきや、映画旧作を確認したところこちらでも以上のシーンは無かったので、ここは映画版の方をなぞっているだけで本作独自の特徴というわけではなかった。
 本リメイクは、エピソードを変更したりキャラクターを追加したりしてわかりやすく旧作と差別化するのではなく、細かい描写や見せ方のブラッシュアップに注力するという方向性のようだった。全体に手堅さ、マジメさを強く感じる作りだった。
 マジメなことは、映画にとって必ずしも良いこととは限らないとぼくは思う。旧作にあった一種のいいかげんさ、大らかさはそれはそれで大きな魅力だと思うし、それに比べてちょっと本作は優等生的すぎて引っ掛かりがない感じもあるにはある。ただ、そこまで言ってしまうといいがかりのようなものであり、今までの新シリーズの一部作品に感じた不真面目さ、無神経さなどを考えるとこのマジメさを評価しないでどうする、ということになるので、ぼくは本作をとても高く評価したいと思う。

 一番大きく印象が変わって見えたのは、今作のゲスト主人公であるペコ(クンタック)のキャラクターデザインだった。
 原作ではリアルな犬っぽい顔、旧作ではキリッとしつつも石像のような無表情感も漂わせる顔立ちで、どちらも可愛いけれどちょっととぼけたようなニュアンスの顔だった。
 それが今回はひたすら可愛らしく、表情の変化も豊かになった。アニメ技術の進歩ももちろんあるだろうが、今回はペコの物語を切実なものとしてシリアスに描いているということも大きく働いていると思う。(暗殺された父王の死体がちゃんと出てきたりする。)それによって原作・旧作にあったペコの存在のオフビートなコミカルさはほとんど無くなり、立派な主人公の一人として感情移入しやすいように描かれている。どちらの描き方もそれぞれに良さがあると思うが、こういうところが今作に対する「マジメだな〜」という印象にも繋がっている。

 展開の変更で言うとまず、ジャングルに冒険に出た一行がすぐに飽きたり疲れたりせず、楽しく遊ぶ時間がしっかりとられているのが良い。原作のドライさも嫌いじゃないけど、やっぱり冒険に対する無邪気な憧れをストレートに叶えているシーンは物語にとって絶対プラスになっている。
 それと、のび太とペコを繋ぐ重要なアイテムとして、魚肉ソーセージが繰り返し登場するのも良い。二人の関係のかけがえのなさを象徴しているのに加えて、食べ物という生存に直結したアイテムであることで、のび太の思いやりやペコの冒険の切実さをも表している。
 他にも細かいブラッシュアップは多い。すごくさり気ないところで言うと、ペコがジャイアンの夢枕に現れる際、直前に剛田家の引きのカットで飼い犬・ムクが映っている。ペコとジャイアンの絆はのび太とのそれ以上に今作の印象的な要素であり、その最初のコミュニケーションの場面において、ジャイアンが犬を飼っているという設定を示すのはすごく示唆的で感心した。こんな風に、気をつけてないと見逃してしまうような細かさで意図的な演出の工夫がなされているので、たぶんぼくが気づいていないブラッシュアップポイントもまだまだあるんだろうと思う。

 本作の大トリック、「先取り約束機」の力で未来の5人が駆けつけるというクライマックスについて。
 ぼくは今回観て、はじめ、この仕組みが働くのはもっと後の大オチみたいな所に来るよう改変したほうが良かったんじゃないかと思った。それにはだいぶ話の流れを変えなきゃいけないけど、このトリッキーでパラドックスをはらんだ解決方法は最後の最後のダメ押し程度に登場したほうが、話のリアルな切迫度は高まったのではないかと感じたのだ。
 しかしよくよく考えてみると、このギミックは話のテーマと結構密接に関わるものではないかと気づいた。
 ぼくは今作のテーマは、「結果に先立つ信頼」だと見た。

 本リメイクで付け足されたオリジナルのシーンの中で一番印象深いのは、深夜の城内でののび太とペコのやり取りである。今までダブランダー一味に対して歯が立たなかった自分は王たる資格があるのか、と悩むペコに対し、のび太は「ペコはきっといい王様になれる」と励ます。
 この励ましに根拠らしい根拠はない。ペコはこんな所が素敵だから、こんな結果を過去に残したから、とかではなく、まぐれで100点やホームランを出せた自分を引き合いに出して、ペコを気楽にさせ、元気づけているのだ。
 ただ、この励ましは単なるおためごかしでもない。無償の魚肉ソーセージとともに渡されたそれは、ペコという仲間に対する無条件の信頼でもある。まだ結果を出していなくても、君はきっと大丈夫だと。
 こうした結果に先立つ信頼があればこそ、ペコは覚悟を決めた。平和な世界で生きる道をあえて拒む立派な王としての態度を見せた。またそれによってジャイアンを筆頭に仲間が助太刀し、勝利という結果を出した。

 信頼することで結果を成す、という構造は、結果があってこそ人は信頼される、というような論理的な流れを重視する人にとってはパラドックスにも見えるかもしれない。しかし実際、信頼は「人の心を動かす」という力があり、それによって望ましい結果が引き出されることは、確かにある。
 言うまでもなく、この信頼と結果の道筋は、先取り約束機で未来の自分や仲間を信頼したことによって、巨神像(=王)の「心を動かし」、勝利への決定打となる、という一連のカタルシスと呼応している。

 このように、先取り約束機を単なる物語上の解決策ではなく本作の物語を象徴するものとして見ると、リメイクで付け足された微細な部分によって、本作はより「信頼」「約束」の物語になっているのに気付く。
 原作ではただのギャグシーンであったペコが躓くシーンは、ブルススへの信頼感からつい浮き足立ってしまうペコの心の動きが追加された。
 戦いの最後でジャイアンは「諦めるな、仲間を信じろ」と叫ぶ。一人離れた場所にいるのび太もその呼びかけに応えるように「諦めるな、最後まで戦うんだ」と決意する。
 ペコと再開したスピアナは「あなたは約束を守りました」と喜ぶ。
 以上の描写は、原作よりも信頼や約束というキーワードが強調されている。

 もう一つ、バーナードとブルデリという敵方のキャラクターは、芸能人ゲストの弊害か無駄に出番が多いようでノイズに感じていたが、もしかしたら彼らにも信頼の物語を見いだせるかもしれない。
 最後に登場するシーンで彼らは懲罰としてか不本意に皿洗いをさせられており、バーナードは「もうブルデリには付いていかない!」と言い放つ。このセリフから、バーナードは自分から進んでというより、ブルデリを頼ってダブランダー側に付いたことが伺える。信頼は当てにならなかったり裏切られたりすることもある、ということが描かれており、だからこそペコたちの信頼の物語が力強いものになっているといえる。
 ただ、バーナードのブルデリへの信頼の末路に何らかの教訓を見出すこともできるかもしれないが、肩を並べて皿洗いしながら対等に口論をする彼らからは、言葉とは裏腹に離別の気配は伺われない。彼らはこれからも一緒にいて、失敗もするだろうがある程度信頼関係を保ち続けるのではないだろうかと思わせてくれる雰囲気だ。彼らの信頼や約束の物語は、主人公側、勝利した側ほど綺麗なものではないにしても、それはそれなりに、あるいはよりいっそう愛すべきものがあるように感じた。

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