私の「絶対」とデデデデを観て考えたこと
デデデデを観た。
肩を震わせて泣いてきた。
作品自体が素晴らしかったのは勿論、『明日地球がこなごなになっても』の威力が前章も後章も半端じゃなかったから。
デデデデを観ていて考えていたのは、私の人生に別の時間軸が存在しているとすれば、それはでんぱ組が存在しない世界だと思うということ。
この世界の私の人生をちょっと掻い摘んでみると、
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中学1年生、13歳の時にでんぱ組に出会い
でんぱ組のみんなをもっと知るためにTwitterをはじめて、秋葉原に足を踏み入れるようになった。
1人でニコニコ超会議にも行った。
中学3年の冬、クリスマス。
後に3年間通うことになる高校の説明会と面談を終えた私は横浜に向かい、生まれて初めての特典会に参加した。
えいみちゃんに必死に大好きを伝えて、受験を応援してもらい
高校生の頃の私は変に生真面目で寄り道さえあまりしてなかったから、数える程度だけれど、制服のままで放課後現場に走ってみたり。MEMUSEの受注会の時制服姿でりさちゃんと色んなお話したり、あ、ねむちゃんの卒業公演は始業式からダッシュだったなぁ
入学式中止からの全面リモートで始まった奇妙な大学生活は、配信やオンラインで元気をくれるみんなに支えられてメンタルを保ち(特にオンラインサイン会で大学生になれたよ〜って報告した時のえいりさとか、りさんち目安箱で相談した時の画録は今でもよく見て元気もらってる)、
平日は学校よりも夢眠書店に通って、
成人の日当日に行ったのは、成人式じゃなく
えいみちゃんのライブ
去年のこのくらいの時期には就活生をしていたわけだけれど、最終面接に夢眠書店でご飯を食べてから向かい次の日書店で内定の電話をもらった会社で、この4月から働いている。
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でんぱ組との出会いという要素を抜いたら無になっちゃうんじゃないの?って思ってしまうくらい、全部の節目にあまりにもみんながいる。
そしてそんな日々の始まりは、振り返ると、あしこなだったんじゃないかと、今となってはそう思います。(とか言ってみる)
私がでんぱ組を知ったのは、友達が、良い曲見つけたって教えてくれたのがきっかけだった。その子も純粋に曲が気に入っただけだったので、初めの頃はメンバーの誰が好きとか誰が可愛いとかよりも、家のPCで検索してMVをみて曲を知って、なんだか好きだなぁと思って過ごしていて。
Twitterが何かもまだよくわかっていないみたいな状態だったので、好きが募るだけで中々その先には進まなかったのだけれど、
中学2年になった私がある日テレビを観ていたら、あしこなの制作風景が流れてきて、はっとしてそれを食い入るように観て、そして曲が始まって、気がついたら自分でもびっくりするくらい号泣していた。誰もいないリビングのしんとした空気感とあの時の衝撃、今でも覚えている。
あの時私は直感的に、あ、きっとこの人たちはこれから私にとって重要で大切な存在になると思った。
だからあしこなは、人生が始まったきっかけの曲みたいな、私にとってそんな存在の曲。
あの日からでんぱ組は、私の「絶対」になった。
そんなわけで、デデデデであしこなが流れた瞬間、凰蘭とおんたんの関係性と私の生きてきた人生への思いがぶわーっと溢れて、涙も溢れて、声をこらえながら肩を振るわせて咽び泣いた。
前章を観に行く日の現場で、えいみちゃんに「語りたいから早く観てほしい〜!あしこなのとこで泣けるよ〜」って言われたけど、多分えいみちゃんが想像してる10倍くらいの泣き方だと思う。笑
そしてりさちゃんのパンフレットのコメントでさらに泣いた。本当に素敵だった。
みんなに読んでほしい。
色んなことがあるけれど、私が私をまあまあ好きでいれて、話したい誰かがいて、笑えている日々があるこの時間軸を生きていれてよかったなって、そんな気持ちになった。
見渡してみればままならないことだらけだし、映画の中の世界をみているはずが現実を突きつけられているような苦しさを感じた場面も少なからずあった。
そして私の「絶対」も、いずれエンディングを迎えてしまうことになった。
けれど、それでも私は今のところ、世界に対する少しの諦念と、順調な日々への希望と共に、シフターにはならずにこの私を生きていきたいなと思う。
強がりばかりくたくたになって
泣いちゃうこともある、けどね。
はにゃにゃフワ〜〜!
あーあ!本当に良い映画だった!
「絶対」たちがいるなら、たとえ世界が終わる日も。