烈空の人魚姫 第5章 ダイオウイカ研究室の謎 ①シュークリームマジック
『さて、深海ミステリー研究部のテーマなのですが・・・・』
日高さんが職員室から借りてきたホワイトボードに【深海ミステリー研究部 表テーマ 裏テーマ】と書き込んだ。
狭い一室にはカケル、満堂君、日高さん、そして式阿弥さんが揃い、それぞれの机をくっつけて4つの大きなテーブルにして座っている格好になっている。
ここは泡津高校 深海ミステリー研究部の部室。
顧問になってくれた先生がなんとか探してきた部室が演劇部の横にある物置になっていた部屋。
小さな部屋だが、部員は4名だけなので問題ないだろう。
(ん・・・?4名?)
カケルはふと部員の顔を見回す。
日高さん、机に顔を伏せて早速寝ている満堂君はいいとして、いつの間に式阿弥さんは加入したんだろう。
『ちょっと、あかり。表テーマと裏テーマって何?』
ウェーブ髪を揺らしながら式阿弥さんが口を尖らせる。
あかりとは日高さんの名前だ。
『我々深海ミステリー研究部は学校に登録している部活になっているので活動レポートや研究発表を文化祭で行う予定で顧問の先生には伝えているの。つまり表テーマは、部活動として表面上の活動報告を行うためのテーマ。テーマはこの間泡津湾の海底に存在した【アカモクの森】にしようかと思っていて。あれだけの規模のアカモクが50mの海底に森のように自生しているんだから、発表するにはうってつけかなって』
今気づいたが、日高さんは式阿弥さん相手だと敬語ではないらしい。
『ええっ。発表とかもあるの?めんどくさー。入らなきゃよかった。バイトもあるもん』
本当に何でここにいるんだろう。
式阿弥さんは机に顔を突っ伏す形でぐったりと項垂れた。
カケルは式阿弥さんを無視しながら日高さんの方を見て言った。
「じゃあ、裏テーマは?」
日高さんは目をアンドロメダ銀河のように輝かせて言った。
『はい・・・裏テーマこそがこの深海ミステリー研究部の核心部です。名付けて、【人魚姫バブルの行方を追え!大作戦】!』
「裏テーマは発表したりしないよね?」
カケルは少しどきりとして一応質問する。
バブルのことをこんなに公に知られることを当初は想定していなかったカケルは、テーブル内のメンバーだけにはバブル探しの冒険がこれからも共有されていくのだと思うと心強いような恥ずかしいような複雑な気分になった。
『もちろんしません。表テーマのレポート作成は私が行う予定ですし、水凪さんにはその間裏テーマに集中してもらいます。まあ裏テーマの方が気になるので、私も裏テーマは基本参加しますが。』
日高さんはにっこり笑う。
式阿弥さんは机から顔を上げるとつまらなそうにため息をつく。
『水凪君しか深海にいけないんじゃ面白くなーい。私だってイケメン人魚に会う機会が欲しいー。ね、水凪君。次のフレイム1号の潜航は変わってよ。交代にしましょうよ』
(上田のことはどうなったんだよ・・・)
カケルは心の中で呟いた。
カケルがどう答えるべきか迷っていると、日高さんがため息をつきながらぴしゃりと言った。
『式阿弥ちゃん。今テーマが終わるまでは、だめ。バブルさんが見つかってから代わってもらおう』
お陰で式阿弥さんは少し頬を膨らませながらまた机に突っ伏した。
危ない危ない。危うくフレイム1号を式阿弥さんにジャックされるところだった。
隣で寝ていた満堂君がもぞもぞと起き始めたかと思うと、寝ぼけ眼で垂れた瞼が思い出したようにはっと見開いて言った。
『あっ、そうだ。カケル君が発見した不気味な呻き声の映像、再生してみたらどうかな。みんなと一緒だったら怖くないかも知れないし』
一人じゃないことの安心感もあるのか、リアルタイムで呻き声を聞いていた時と打って変わってホラー系の話を楽しむような余裕が今の満堂君には感じられる。
どこか声色が楽しそうだ。
日高さんは頷くと、机の端に置いていた手土産用のビニール袋をテーブルの中央に置きながら言った。
『アトランティス大学の七不思議ってところでしょうか。唯一バブルさんのいるリベルクロスの居所を知っていそうなダイオウイカ先生が見つからなかった以上、カケルさんとフレイム1号さんにはアトランティス大学まで再度潜航調査をしてもらう必要があります。バブルさん探しの手がかりになることなのか、ならないのかは分かりませんが、一度再生して映像をチェックしてみるのも良さそうですね。ーーーでは今日の部活はおやつでも食べながら観賞会と行きましょうか』
『やだっ!これ!【パティスリーパール】のシュークリームじゃない。分厚いシュー生地はふわふわで中身のクリームはコクがあって一口食べるとじんわりとミルクの風味が広がるって噂の・・・!!』
さっきまで机で干からびていた式阿弥さんが砂漠でオアシスを見つけたときのような歓喜の表情で飛び起きてきた。
「このおやつどうしたの?」
カケルは機械的に淡々と言った。
『ああ、さっき上田君が来てお菓子を渡してくれたんですよ。深海ミステリー研究部の皆さんへのお礼、だそうです』
日高さんはそう言うとカケルを見てふふっと笑った。
『多分、カケルさんにお礼を言いたかったんじゃないですか』
あれから救急車で運ばれた上田は特に体に異常なくそのまま家に帰ることになったらしい。
こんなシュークリームなんて持ってくるようなキャラに見えなかったから意外だ。
急にがたっと音を立てて、式阿弥さんが無言で立ち上がった。
『先に鑑賞してて。私ちょっと上田君にお礼言ってくる!』
『いや、式阿弥ちゃん。もう代表してさっきお礼は言っといたから』
日高さんはすかさず反応したが式阿弥さんは止まらない。
目はオリオン大星雲のようにぎらぎらと発光して、砂粒のようなチャンスすら逃しはしないと主張しているかのようだった。
『お礼なんて何度言ってもいいものじゃない。重ね重ね、深海ミステリー研究部の代表としてっ!!!お礼言ってくるから!!』
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式阿弥さんは放っておいて、カケル、満堂君、日高さんの3人は部活動を開始することにした。
ノートパソコンを開けて、【フレイムシステム】のアプリを起動させる。
【フレイムシステム】にはこの前のアトランティス大学までの潜航結果の映像が録画されている。
自分たちのやっていることは今は高校の部活動の範囲に過ぎないけどーーー一つ一つ調査を積み重ねたらーーー誰かの力になれるようなーーーそう、バブルの力になれるようなーーーそんな魔法の力が生まれるかも知れない。
そんなことを思いながら、カケルはシュークリームを頬張る。
ミルクの味が口の中にじわじわ広がるたびに、ちょっと誇らしい気分になった。
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