
どっちでもよいことはこだわらない。
もやっていたことを書いてみる。
夕食の支度をして、
父と母が食事をはじめた。
父の好きな枝豆塩ゆでして、
とろろご飯と、トマトと、玉ねぎと、卵のサラダ。
今日はこれで終了。
母はとろろを食べようとしない。
どうしてか聞いてみたら、
とろろご飯にすると、噛まずに飲み込んでしまうからと、返答。
えーそうなの?それって食べたくないからの言い訳?
もやもやがレベルアップ。
ふと、ご飯を作るまでが私のお仕事(片づけはするが。)
作ったものを食べる食べないは本人の自由。
と、思えなかった私がいたことに気づいた。
せっかく作ったのにとか、
食べないと栄養が取れないでしょとか、
夏はネバネバの食品は良いとか、
作った人のことを考えてとか、
そして食べようとしない母にもやもや。
どっちでも良いことにもやもやしている。
私だって嫌いなものがある。
その時食べたくないものだってある。
干渉をしなくてよいところまで、
干渉をするから、気分が悪くなったりする。
そうだよな。
作るまでが、私の仕事。
食べるのを見張るのが私の仕事ではない。
毎回毎回ひとつづつのおかずに美味しかったか聞く必要もないし、
好みの硬さとか、好き嫌いも人それぞれだ。
嫌なら食べなければよい。
それでよいのだ。
あまり深く考えないでおこう。
もちろん作る限りは美味しく食べてほしいと願う気持ちもあるが
あまり乗り気でご飯を作ることができない時だってある。
とりあえず作っておこうとか思うこともある。
美味しく作れる時もあるし、
ちょっとって思う時もあるよな。
あまり深く考えなくてよかったな。
そうそう。
今まで何度も、
何で食べないのって?食べてくれないのって?
しつこく思ったことがあったが、
嫌な気分になったことがあったが、
こういうことは終わりにしたいな。
食べたければ食べればよいし、
食べたくなければ、残してもよい。
どっちでもよい。
私は作るのがお仕事。
そうそう。それでよい。