フシギおしゃべりP-miちゃん(3)
「チュンチュン」
「チュンチュン」
う、うん…。うるせえな。
俺は、ぼうっとした頭で体を起こした。
「……ん? 今何時だ!?」
俺は焦ってスマホを見て時間を確認しようとした。あれ、スマホがない。
「ココニ アリマスヨ スマホ。チュンチュン」
机から無機質な音声が聞こえる。…というかお前、口調が元に戻ってねえか?
昨日ペラペラ喋っただろうが。色々ロボットに言いたいけど、今は一つに絞って突っ込んだ。
「……さっきから何だよ。抑揚のないチュンチュン声を聞かされるとキモイんだよ」
「アナタ ヲ オコスタメニ スズメ ノ ナキゴエ ヲ マネテミタ」
「意味分かんねーよ。ってそうだ! 今、何時なんだ!?」
「ヒル ノ 12ジ40プン デス」
とロボットが時間を告げる。つまりーー遅刻だ! 俺は慌てて身支度をしようと反射的に体を動かした。やばい、やばいぞ。
「アノ キョウ ハ ニチヨウビ デスケド…」
ロボットの言葉で、俺は一時停止した。
「アナタノ カイシャ ハ オヤスミ デショ?」
…そうだった。今日は日曜日だった。声の主のほうを向くと、憎たらしいロボットが呆れたような目で俺を見ていた。
「は、早くそれを言えよ!」
とロボットに文句をつけた後、俺は腰を降ろした。
…お腹が空いたな。何か食うか。
散らかった部屋を見て思わずため息が漏れる。だが、今は腹ごしらえだ。
「ア。データ ガ ノコッテイタ」
ウザいロボットが何やら独り言を言っている。何だコイツ。
冷蔵庫の中を覗いてみる。卵にウィンナーとナス一袋しかない。くそ。買い物しなくちゃな。
コンロに火をつけようとした途端、急に耳障りな音が聞こえてきた。
ザッザッザッ。
まるでラジオでチャンネルを合わせる時に耳にするような音だった。雑音が聞こえなくなったかと思うと、人の声が耳に入った。
「……P-miちゃん…」
ーーアヤカの、声だ。
「アヤカ!?」
アヤカを探すが姿が見えない。「アヤカ!?」と叫ぶ俺。
「アヤカ ハ イマセン」
腹の立つほど無機質な音声が水を差す。
「サッキ ノ コエハ ボクノ ロクオン データカラ ダシタ アヤカ ノ コエ」
「どういう事だよ!?」
こんなロボットに対して声高に叫ぶなんて…自分でもアレだと思うが、そんな悠長なこと言ってられなかった。
「ウルサイ サケブナ」
このクソロボットめ。
コイツ、淡々と話している割にはどこか俺を小馬鹿にしている。完璧に俺を下に見ている!
「ソンナ タイド ジャ、アヤカ ノ メッセージヲ キカセルワケニハ イカナイネ」
「何!?」
「テイネイニ オネガイ シテ ホシイ」
くそロボットは続けて言う。
「オネガイシマス P-miチャンッテ イッテ」
「はあ!? ふざけるな!」
「ノコリ3プン デ アヤカ ノ メッセージ ヲ
ショウキョ シマス」
「ま、待って!」
「サヨウナラ」
「俺が悪かったから! 謝るから!!」
「ジャア チャント ボク ニ タノンデ」
「くそっ!!」
「アト1プン デ メッセージ ガ ショウキョ サレマス」
「よろしくお願いいたします! P-mi様!」
「シカタナイナ。アヤカ ノ メッセージ ショウキョ ヲ テイシ シマス」
「よ…良かった」
俺はほっと胸を撫で下ろした。
「コレカラ アヤカ ノ メッセージ ヲ ナガシマス。カクゴ シテネ」
「覚悟…? どういうことだ?」
俺はロボットの、覚悟してという言葉に対していぶかしんだ。
「ケッコー キツイ ナイヨウ ナノデ、ココロシテ キイタホウ ガ イイ」
「キツイって何だよ!?」
俺は思わず息を飲んだ。
「アヤカがアナタを見限ると決めたあの夜に録音したものだから、かなりエグイ」
いつの間にかロボットは、昨日のようにペラペラと話している。
…コイツ、俺に精神的攻撃を与えられると思った途端に、生き生きするよな。
「マジ…かよ……」
いつの間にか、スウェットを掴んで硬く握っていた。
「どうする?」
ロボットは俺に判断を委ねる。
「くっ! どうしよう。そんな情念がこもってそうな
メッセージ…怖くて聞けない!!」
「じゃあ、やめますか?」
P-miの問いに俺は…。
「いや聞く」
と答えた。答えてしまった。
「分かりました。それではアヤカからのメッセージを再生します」
P-miは目のライトをパチパチさせる。
ああ、ドキドキする。一体どんな恨み言が出てくるのだろうか…。
ザザッ。
「P-miちゃん…。私、決めた。アイツと別れる」ザザッザッ。
「以上です」
P-miの、以上ですの言葉に俺の身体中に衝撃が走った。
…それだけ?
俺は勇気を振り絞ってP-miに聞く。
「ほ、他にはないのか?」
「何もない」
P-miは、いつもの仏頂面で俺の期待を無残にも粉々に砕いた。
俺は居たたまれなくなって、
「何だよお前よぉ! エグイという割には、たった一言だけってあるかよぉ!」
とロボットに八つ当たりをした。
「たった一言しかないのが、エグイ」
と言いながら、ロボットは欠伸をする仕草をする。
「他にないのかよ!? 俺への想いってそれだけかよ!?」
俺は思わず地団駄を踏んだ。
「そりゃそうでしょ。嫌いになった男に対して、これ以上何一つありません」
ロボットは、さも当たり前でしょというような表情を俺に向けた。
「そ、そんな…」
俺の頭は真っ白になった。
「コレデ ボク ノ ヤクメ ハ オワリ」
ロボットはまたいつもの機械らしくて抑揚のない音声に戻った。
本当にーー。
アヤカとは本当に終わっちゃったんだな。
どうしよう。某掲示板にこの悲劇を書きこんで、ネットの皆様に慰めてもらおうか。
どうしようもないくらいの脱力感に襲われ、俺はその場にへたれこんでしまった。
「おいロボット…」
「ボク ハ P-mi。イイカゲン 二 オボエロ」
「ちっ。分かったよ。P-mi…アヤカのメッセージ……消去していいから」
それを聞いてP-miは目のライトを二度パチパチさせてこう言った。
「ワカッタ。アヤカ ノ メッセージ ショウキョ シマス」
「3・2・1…ピーーーーー」
「ショウキョ シマシタ…」
そして続けざまに、
「ショウキョ シマシタ…」
「ショウキョ シマシタ…」
「ショウキョ シマシタ…」
ショウキョしました、うるせえよ…。
抱えきれない絶望と毒舌ロボットだけが、俺の家に残された。
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