【遺書日報_セカンドシーズン】2021年3月31日
こんばんは。今日も書きます。
年度末ですね。
年度末だからどうこうということはないのですが、なんとなく新年度に向けて気分を一新したくなりますね。春だし。
さて、私は先日の日報で「普通」を実践する工夫について書きました。
ADHDに「普通」なんか無理だよ!というそこのあなた!!
たしかに!!!!!マジでそう!!!!!
「普通」を「普通」に実践するのは不可能です。それゆえ、ADHDと言われるのだと思います。
「異常」ライフハックで「普通」を実践しよう!
これが私の考え方の根本にあります。
「異常」なので、堕落のために努力を徹底するライフハックを目指しています。
日々堕落するということは、完全に動けない状態を回避するために一番大切だと私は思っています。
「頑張る」というのは、私にとってとても危険な行為です。何故なら、まったくもって持続可能性がないから。
瞬間的に「頑張る」をやってしまうと、「頑張った」後に何もかもやっていけなくなってしまいます。
1割りの力でできる簡便なことを丁寧にやっていく。
これが、20代なかばの私のサバイブ方法です。
過集中ブーストで突き抜けるだけでは、食べてはいけません。
持続可能性を追い求めなければ、明日はありません(?)。
いつまでもあると思うな、親と金。
頼れる人がいなくなった時、それでも生き抜かなければならないという時、必要なのは「普通の生活」を継続できる力なのかもなと思いました。
太く短く、尖りきって、はちゃめちゃやりながら突き進むのは、めちゃくちゃ格好いいと思います。
そして、そのような方々は華々しく活躍してらっしゃることも多いと思います。
つまり、ロールモデルが多い。
では、尖りきれなかったADHD者はどこに行くのでしょう?
どこにも行けないのでしょうか?
ただ、漫然と死を待つのみというのは、味気ないとつい思ってしまいました。
やってやれんことはない、とも思ってしまいました。
「異常」なやり口で「普通」を実践したいと、思ってしまったということです。
定型発達と呼ばれる人々からは「そんな回りくどいことしなくても普通にやれば良いのに」と思われるようなことでも、私にとって最適な行いはどんどん積み重ねていきたいです。私は「普通にやれば良いのに」ができないと、常に自分に言い聞かせて、「異常」ライフハック発掘を楽しみたいと思います。
「生活を舐めたら終わり」が合言葉。
自分にとって生活の優先度をグンとあげて、「普通」という難易度の高いものにゲーム感覚でゆっくり挑戦したいです。
と、こんなことを書きつつ、この世に「普通」なんてモノがあるんだろうか?とも思っています。
みんな違って、みんな「異常」!!
これにて本日の日報は終わりです。
目指せ、「異常」ライフハッカー。
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