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如月桃子のプロフィール

如月桃子
Momoko Kisaragi

1994年2月生まれ、水瓶座。宮城県出身です。
県立美術館の学芸員。専門は西洋美術史。美術館では教育普及の担当として、美術の楽しみ方を伝えています。
ぽやぽやな夫とふたりぐらし。甘やかしあって生きています。


ありふれたこと、とるにたらないこと

隙間から零れ落ちてしまうような

さりげないもの、ささやかなものを

そっと掌で掬いたい。


さらさら、するする、ごくごく読んでほしい。

それでいて、ざらりとなにかを残せたら…

そんなことができているかは、さておき

そんな気分で書いています。


こんなnoteを書いています


エッセイがほとんど。記事によって、結構な温度差があり、真面目に学芸員らしく美術の話をしているときもあれば、夫のかわいらしさを延々と語っていることもあります。文章は長くなりがち。

今日の注目記事 16記事

先月、2年ぶり16回目の注目記事に選ばれました!

だいぶご無沙汰していましたが、注目記事に選んでいただけると、それをきっかけにフォローしてくださる方や、ほかの記事を読んでくださる方がいらっしゃって、ほくほくしております。

「はじめまして」とあいさつするようなきもちで、プロフィールを更新することにしました。



そのほかの大切な記事

読み返すたび泣いてしまうけれど。私がいちばん読み返している記事です。

私のなかでは、上に挙げた注目記事の「えんぴつを走らせる音がきれいだった」と「青色に魅せられた日々」と、この記事で三部作のつもり。絵を描く人を書くのが好きです。


この記事の見どころは何といっても、父のごはん!実家にいたときはこんなにおいしいものを毎日食べていたんだね。
おいしいものが好き。食べることが好きな人も好きです。


note公式コンテストの受賞歴


・#我慢に代わる私の選択肢 入賞
・#このレシピが好きwithレシピ本大賞 入賞

受賞がまだまだ少ないな、というのが正直なきもちです。

好きなときに好きなことを好きなだけ書いて、そんな記事を読んでくれる人、感想をくれる人もいて、もっと言えば、noteを読んで、私の暮らす街まで会いにきてくださる人までいて、これ以上なにを望むんだと自分でも少し呆れているというか、自分でもよくわからないのですが。

現状に満足していない、わけではないのだけど。
いまの状態も、心地よくて、しあわせで。
でも、もっと、もっと、と上をみつめることもやめたくなくて。

選ばれなくても、かっこ悪くみえて、もっといい文章を書くために、これからも足掻きたいです。



こんなひとです


ほがらかでぽかぽかしていて、包容力のある人に惹かれます。残念ながら、私の性格は正反対。ひねくれもので、冷淡で、狭量。
私と仲良くしてくれる人は、物好きだなと思います。でも、そういう物好きな人は大事にしたいです。

家でまったりするのも、旅をするのも好きです。サークルのフルート・パートで出会った夫といまでも週末に二重奏をしています。

趣味いろいろ

写真撮影


絵を描く


食べ歩き


料理


インテリア・コーディネート


生け花


などなど。


好きな本・マンガ

須田敦子『ヴェネツィアの宿』、吉本ばなな『アムリタ』、江國香織『すきまのおともだちたち』、瀬尾まいこ『卵の緒』、村山早紀『カフェかもめ亭』、吉田篤弘『中庭のオレンジ』、恩田陸『光の帝国』『麦の海に沈む果実』、辻村深月『凍りのくじら』『スロウハイツの神様』、塩野七生『小説 イタリア・ルネサンス ヴェネツィア』、大島真寿美『ピエタ』、川上弘美『明日、晴れますように』、永井玲衣『水中の哲学者たち』、文月悠光『洗礼ダイアリー』、堀江敏幸『雪沼とその周辺』、ミヒャエル・エンデ『モモ』、サン=テグジュペリ『星の王子さま』、エマ・ストーネクス『光を灯す男たち』、カルミネ・アバーテ『海と山のオムレツ』、コルネーリア・フンケ『どろぼうの神様』、カシワイ『光と窓』『風街のふたり』、たな『ごはんのおとも』、宮田ナノ『もしもし、こちらは夜です』、井田千秋『ごはんが楽しみ』、さくらももこ『コジコジ』

挙げるときりがない

好きな映画

「ニュー・シネマ・パラダイス」、「パターソン」、「ビッグ・フィッシュ」、「レオン」、「ナイト・オン・ザ・プラネット」、「ミッド・ナイト・イン・パリ」、「レイニー・デイ・イン・ニューヨーク」、「君の名前で僕を呼んで」、「ショコラ」、「アメリ」、「ジョー・ブラックをよろしく」、「ノスタルジア」、「ショーシャンクの空に」、「幸福なラザロ」、「ローマの休日」、「ザ・マジックアワー」、「スワロウテイル」「花束みたいな恋をした」、「千と千尋の神隠し」、「天空の城ラピュタ」、「魔女の宅急便」、「リトル・マーメイド」、「ピーター・パン」、「リメンバー・ミー」


よく聴く音楽

プレイリストを見ながら書いているので、作曲家、奏者、歌手が混ざっています

ドビュッシー、ヴィヴァルディ、坂本龍一、Takuro Kikuchi、sonicbrat、Goldmund、アリス=紗良・オット、村治香織、チャド・ローソン、ビル・エヴァンス、ルドヴィコ・エイナウディ、イルマ、キナ・グラニス、ジョン・メイヤー、小野リサ、手嶌葵、Vaundy、羊文学、milet、Aimer、ヨルシカ、藤井風、Uru、BE:FIRST、米津玄師


訪れたことのある世界の都市

水の都ヴェネツィアに1年留学していました。

シドニー、パリ、ジヴェルニー、ノルマンディー、ロンドン、オックスフォード、ニューヨーク、アリゾナ、シカゴ、ヴェネツィア、ミラノ、フィレンツェ、トレント、ロヴェレート、ラヴェンナ、ヴィチェンツァ、パドヴァ、ジェノヴァ、ボローニャ、フェラーラ、ヴェローナ、プラハ、オロモウツ、ウィーン、ブラティスラヴァ、シュトゥットガルト、ミュンヘン、マドリード、バルセロナ、ドゥブロヴニク、スプリット、フヴァル、ライデン、ハーグ、アムステルダム

好きな日本の街

仙台、小樽、盛岡、花巻、鶴岡、会津、益子、軽井沢、金沢、箱根、三島、京都、神戸、奈良、倉敷

行ってみたい場所

コペンハーゲン、リスボン、アルル、グラナダ、シエナ、プリンスエドワード島、鎌倉、松本、尾道、長崎、新潟


noteを書く理由


失ってから初めて気づくことは、きっとあると思う。

でも、できることなら失う前にその尊さに気づきたい。

当たり前だと思うことの傲慢さを思い出したい。

そんなことを思いながら、日々の記憶のカケラを集めています。


私はおおむね平穏な日々を過ごしてきました。
優しい家族に恵まれて、いまも好きな人と暮らして、好きなことを仕事にしています。


それでも、突然思い出の詰まった場所が、水底に沈んで、途方に暮れたこともあります。そこは祖父母が暮らしていた場所で、父の故郷でした。

大地が揺れたあの日、揺らいだのは大地だけじゃなかった。
いつでも会える、いつまでもつづく、そう思うことがどれほど傲慢なことだったのかを知りました。私は当時17歳でした。

あのとき、あまりにも無力で何もできなかったから。

何かをしたくて。
思い出の場所の記憶を紡いでいきたくて。
傷ついた街を元気にしたくて。
私は地元で学芸員になりました。

けれど、全然うまくいかなくて、誰かを元気にするどころか、自身が元気と自信を失っていました。仕事だけでなく、本当になにもできなくなって、職場を去りました。

自分にはもちろん失望したし、職場の人たちや、社会そのものを恨んでいました。

どこか私がいられる場所なんてあるのだろうかと、絶望の淵にいました。

でも、そう思っているうちは何も変わらないし、変えられなかった。

結局、何かを変えたいなら、自分が変わるしかないんだと、少しずつ自分自身が変わって、見える景色が変わっていったことで気づきました。

だけど、自分を変えるのは容易なことではなくて、そんな元気がないときもある。頑張れないときもあるし、頑張れるときがくるまで、じっと待つ時間が必要なこともあります。

私は、学芸員を辞めてから、もう一度学芸員になるまで5年かかりました。


この5年は、無駄に見える時間かもしれませんが、私にとって必要な時間でした。


まわり道をしている人や、大人になって足掻き続けている人を茶化したくない。

急かさずに、待てる人になりたいと思っています。

ただ、私は人生のなかでつらいことが必要だと思っているわけではありません。平穏で、大きな挫折なく、すいすい進む人生も素敵だと思います。

でも、平穏そう、しあわせそうに見えるとしても、見えてるものがすべてじゃない。なんの挫折も、悩みもなさそうに見える人だって、そう見せるために努力しているだけかもしれない。頑張ってないように見える人も頑張れない理由があるのかもしれない。努力してもどうにもならないことだってあるかもしれない。そういう想像力はもっていたいです。

自分がしあわせだと思える時間を大事にしたいし、誰かのしあわせを願える人でありたい。狭量な私には難しいことだとしても。


私が学芸員になったのは、地元ではなく、別の場所。

結局地元で何かをすることはできませんでした。

それでも、目の前にいる人たちを精一杯大切にしたいという想い、志はずっともちつづけています。

地元から受けとったものを直接返すことができなくとも、私は私なりに受けとったものを次のだれかにつないでいきたい。



芸術のような、一見役に立たないもの、効率の良い社会のなかではノイズのようなものを、わかないからといって価値がないものとして切り捨てたくない。

わからなくても、みて、きいて、かんがえたい。


ちっぽけな私が、どんなに足掻いたところで、なにも変えられないかもしれないけれど、こうやって足掻いているやつもいるんだなと、どこかのだれかが勇気をもらってくれたら。

そんなことを思って、noteを書いています。


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