父の就活
最近父が就活をしていると、母からの連絡で知った。
「いい職場が見つかるといいね」と返信をしながら、娘としては、内心複雑な気持ちを抱いている。
父は3年前に、長年勤めていた会社を定年退職した。定年まで勤め上げたとはいっても、父はその仕事が好きなわけではなかった。父がそこで働いていたのは生活のため。私たち家族のためだった。
コンクリート工場の作業員をしていた父は、汚い・きつい・危険の3Kが揃った仕事だといつも言っていた。
給料も高くはなかった。
退職金も僅かにしか出なかった。
だから、父は生活のために、退職後も働かなければいけなかった。
父は退職してすぐ家の近くの農場で働いた。朝4時からの勤務だった。あまりの激務だったから、数ヶ月後、いま働いている肥料工場に転職した。その工場で働きはじめて2年ほど経つが、社長の言動に振り回されることに疲れてしまったという。
父が定年退職をする前、私がまだ実家に暮らしていた頃、父はコンクリート工場を退職することを心待ちにしていた。退職後はきっと今より楽になるだろうと話す父の顔は明るかった。
そんな父の顔を見ると、少し切なくなった。
父自身は、あの頃もいまも、別に悲観してはいない。
仕事も以前に比べれば楽にはなったと言っているし、休みの日には、毎週母と近くに出かけたり、釣りをしたり、母や妹においしいごはんを振る舞って、楽しく暮らしている。
だから、私は父のことをそんなに心配してはいない。きっとまた仕事を見つけて、毎日おいしいものを食べて、これから先もしあわせに暮らせるんだと思う。
でも、私は少し悔しい。
履歴書で判断しようとしたら、きっと父は高くは評価してもらえない。父は、これまで使ってこなかったから、パソコンが使えない。力仕事にしても、若い人のように体力があるわけではない。退職してからはすでに2社目。なかなか厳しい状況かもしれない。
だけど、私は、知っているのだ。
父がとても働き者だということを。
これまで、どれほど父が一生懸命生きてきたのかを。
父は残業で夜遅く帰ってきてどんなに疲れていても、毎朝早起きして、おいしい朝ごはんとお弁当をつくって、洗濯とゴミ出しまでして職場へ行っていた。道路が渋滞しても遅刻することのないように、30分以上前に職場に着くように家を出た。
私や妹が幼かった頃は、休みの日になれば、必ずどこかに連れていってくれた。たくさん一緒に遊んでくれた。
我が家の庭は、どの季節も植物たちで彩られている。父が愛情をかけて育てているからだ。
父のつくる料理は、とてもおいしくて美しい。つくっている間も、台所のきれいさを保ちながら料理する。
父はそういうことができる人だ。
でも、そういうことは履歴書には書けない。
もう十分頑張ったから、心配せずゆっくり休んでいいんだよと言ってあげることもできない。私はまだ自分の生活を送っていくので精一杯だ。
それが悔しい。
こんなことを言っても、何の役にも立たないし、慰めにすらならないと思うけれど。
私は、お父さんが立派な人だって知ってるよ。
私は、お父さんのこと、誇りに思っているよ。
私はただ遠くから、父のよさをわかってくれる職場が見つかりますように、と祈ることしかできない。
そんな職場はなかなか見つからないかもしれないし、不安に思う日や、焦ってしまう日もあるかもしれない。
だけど、私や私たち家族が、父のことを誇りに思っていることは、忘れないでいてほしい。