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満足度の高い休日の過ごし方
1ヶ月半ぶり至福の読書は「10冊併読」で。
6月から4年ぶりに小学校教員として現場に復帰をした。2つの小学校を掛け持ちして、どちらも片道1時間と少し。
新たな生活様式に身体を適応させるべく、この1ヶ月半は仕事に対して自分の持分10割すべてを捧げて取り組んだ。
仕事は毎日刺激的で、圧倒的力不足な自分に打ちのめされそうにもなるのだけど、現場に戻って子供たちと一緒に授業をつくっていくのが、それはもう楽しくって楽しくって、充実した日々を送っている。
その代償として、家に帰ると毎日廃人状態になった。
日常生活のリズムが掴めないまま明日がやってくるため、昨日行っておきたい家のあれこれは滞り停滞していた。
趣味の時間なんてもってのほかというくらいに、仕事にのめり込んでいた。
このままでは自分の心が枯渇してしまうぞ、と心が警鐘を鳴らしてきた。
無理やりにでも好きなことをする時間を優先的に確保せねばならぬ...!と思い至り、ようやく大好きな読書の時間を確保するようになっていった。
仕事復帰するまでは2日に1冊ペースで読んでいたのに、6月以降小説を読むために本を開くことは激減していた。
毎週のように書店へ赴いているのに、通るコーナーは決まって教育書の棚のみ。
指示の出し方もわからんし、喧嘩の仲裁の仕方わからんし、国語のスイミーどうやって授業したらいいのかわからんし、道徳ってどうやって授業組み立てるのかわからんし...。
わからないことが言語化できたタイミングで書店へ赴いては物色し、大量に買い漁り、ちょこちょこ読み込んでいた。
それはそれで贅沢で粋な読書時間なのだけど、心は潤わなくて。
やっぱり仕事脳になってしまうのよな。
時間の隙間はあっても、頭と心に余白がなくなってしまって、次第にあらゆる本が読めなくなっていった。
そんな時にリハビリとして、「心療内科医が教える本当の休み方」を再読し始めた。
この行間多めの本、今の自分を客観視できる本、そんな本を少しずつ朝の電車時間に読み進めた。
仕事終わりに書店に立ち寄ると、「休むヒント。」エッセイ集と目が合う。
わたしのために展示してくださっていたのかしらと思うくらいナイスなタイミングでホクホクした気持ちとともにお迎えした。
そうこうしていたら古本屋にて、100円で「本は10冊同時に読め!」を手に入れた。
これまでのわたしは一冊の本を一気読みすることこそ至福の読書だと思っていた。
読書スタイルの転換期を迎えているようだ。
読みたいあれやこれやの本たちを欲張りにあれもこれも手を伸ばして読みたいタイミングに差し掛かっているらしい。
読みたい本はリビングにうず高く積まれているのんで、今読みたいと思っていた本を一冊に絞らずいくつも手に取って気分で取り替えながらのんびりゆるりと新たな至福な読書体験を味わっている。
大事なのは心の声を無視しないこと。
読みたい本は読みたい熱の高いうちに手をつけて少し読みはじめてしまうのは、今のわたしにフィットした読書スタイルなのかもしれない。
休日に確保した2時間で10冊の本を読めたこと、ここ最近のプライベートにおける最も幸せな過ごし方だった。