気の使い所【日々のこと】
「自分の家に居る時くらいは気を使わないでいたい。」
こういうことを言う人がいます。その後に「だから一人暮らしなんです。」と続くのであれば賛同をするんです。私もそんな気持ちで一人暮らしをしていました。でも家族のいる人でコレを言ってしまう人には賛同しかねます。あなたの言う家は、家族の家でもあるのですよと思ってしまう。
「散々、外で気を使っているんだから、家でまで気を使いたくない。」
こうまでいう人もたまに見掛けます。気を使う場所が逆じゃないかと思ってしまう。ちゃんと気を使える人なのに大切でもない人ばかりに使っているんだとさえ思う。勿体のない。家でこそ使うべきなのに…
外で気を使うことは私も必要だと思ってはいます。そして面倒なことも解っています。社会では重要なことですから、私だって人並みには気を使って人に接します。でも、それが家では使わない理由にはならない。家に居る人は等しく、そこに癒しと安らぎを求めているんです。自分だけが快適というのは、さすがに横柄が過ぎます。
ということで私は家で妻に気を使っています。「気を使っています」と言ってもいます。「気を使ってくださいね」ともお願いしています。そして二人して気を抜いています。私は妻が、妻は私が、家で気分よく気が抜けるようにと互いに気を使い合っています。外で使っている気ほど面倒でもなければ、ほんの些細なことで十分。それでも、効果は絶大だと思っています。
「ちょっと、手伝ってくれる?」
先ほど妻から呼ばれました。今、カーテンを作っている妻。2mの生地を裁ち切るのに一人じゃ大変らしい。「ハイハイ」と私はのんびりしているのを中断して妻の下へ。コレは気を使っています。
昼からは網戸の掃除をします。カーテンを新調するのに埃が付かないよう綺麗な網戸がいいというのが妻の希望。「ハイハイ」と承ったのは気を使った訳ではありません。
コレはGWの家族サービスです。