6月
朝、通勤電車。ほんの少しだけ遅延したその電車は、いつも以上の人を詰め込んで走り出した。
列の中程に並んでいた私は、いつの間にか乗り口とは反対側のドアに押し付けられている。そこからふと見上げた空が、眩しい程白く、大きな夏を連れて、広く、青く、澄んでいる。憂鬱だ。
広大な空を見ていられなくなって視線を落とした。レール、枕木、バラスト。目の前をものすごい速さで通り過ぎるそれらを見るともなく見ながら、居心地の悪い時間をじっと耐える。
人の体温、呼吸、咳払い。スマホにぶつかる爪の音。背中に当たる固い荷物。息を殺して、ただじっと耐える。次の駅までの数分間。ただ皆がそれぞれ耐える。
早く、駅に着きますように。
電車がスピードを落とし、ぎゅっと停車して駅に着く。開いたドアから人が溢れ出す。そこが目的地の人も、そうでない人も、ただ流れるしかない水のように溢れ出す。そしてまた詰め込まれ、次の駅へ。
耐える。耐える。
横に並んだ電車、そこにもまた詰め込まれた人々。競うように走る。どうせ時間通り、ゴールも違う。競っても意味がないのに。
回る車輪を眺めながら、どこかの人身事故の車内放送を聞く。自分の乗る電車に影響はないだろうか。そんなことを考えながら。
なんて冷たくて、残酷なのだろう。誰かが命を落としているかもしれないのに。大きな怪我をしているかもしれないのに。冷静な放送のせいだろうか。「ご迷惑お掛けして申し訳ありません。」という文言に、傲慢になっているのだろうか。遅れないようにと必死だからだろうか。遅延情報としてしか捉えなくなってしまっている。
もしそれが目の前で起こったらどうだろうか。
調子が狂いだす。
見るともなく見ていた線路に、車輪に、道に、血の滴る新鮮な肉を見る。
清々しい晴れ空の下、じわじわと広がる絶望。
青い空、赤い肉。
絵の具のように混ざり合ったりはしない。お互いがお互いを引き立て合って目が眩む。
もはやそれはあえて今日を選んだのだろうか。
海に行くように。キャンプをするように。せっかく気持ちの良い晴れだからと。
それに惹かれてしまう。幻覚だ、ただの想像だとわかっているのに目が離せない。
そこに無いはずのものをじっと見つめてしまう。
会社に行きたくないだとか、あの人に会いたくないだとか、あの人からの返信が無いだとか些細なことだ。些細なことだが確実に心を蝕んでいく。ぐつぐつと湧く感情を抑えきれずに唇を噛む。
私が、それになりたい。
もしそうなれたら、その後はどうなるのだろうか。
抜けた髪のように、切った爪のように、それらは燃えるごみに成り果ててしまうだろうか。
私は、地球の栄養になれるだろうか。
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