ずっとなりたかったんです。詩織様の、下僕に「、を喰らう」第二章 ー 1 【、を舐める】
茹だるような昼下がり、幸運は突如舞い降りた。
「ダブルヒヤマでビンゴの景品を買ってきてくれないか? 来週末の飲み会までに、お願いしたいんだけど」
氷山と私を手招きした部長は、たぬきのような笑顔でそう命じた。
どうして飲み会に来ない氷山と私を指名するのか。
今時、買い出しではなくネット通販で済ませたりはしないのか。
部長にツッコミを入れたい点はあるけれど、これは私にとってまたとない機会。
なにがなんでも活かすしかない。
オリエンテーション以降、「おはようございます」と「お疲れ様です」しか交わしていない氷山と向き合う。
首を上げて目を合わせると、心臓がせり上がった。
緊張で吐きそうになる。
私は冷静な振りをして、穏やかに口を開く。
「話すの、久しぶりだね」
「そうですね」
ひんやりとした声。あのときとなにも変わらない「そうですね」。私の鼓膜はいま、世界で一番満たされている。
「平日はちょっと時間がとれないから、買い出しに行くのは土曜日でもいいかな? 休日を使わせちゃって、申し訳ないけど」
「構いません」
「新宿に一時でどうかな」
「構いません」
ああ――氷山の視線が、氷山の声が、氷山の意識が、ぜんぶ私に注がれている。私が独占している。
「そうですね」と「構いません」しか言われていないのに、私の身体の奥はきゅうっと疼き、手のひらも足の裏も汗ばんでいた。みっともないくらい、身体は素直だ。
「そうだ。待ち合わせのために連絡先を交換しておこう?」
「そうですね」
氷山の青白い指先が無機質な黒いスマートフォンのロックを解除し、連絡先のQRコードを画面に映す。
私の口は「平日が無理」だと嘘をつき、「そうだ」なんて切り出して、獲物を捕らえることに成功した。
氷山と、繋がれる。
口のなかがみるみる甘い唾液で満たされ、高まる鼓動が全身を揺さぶった。
心が身体を動かすのか、身体が心を動かすのか。いったい、どちらが先だろう。
私はほころびかけた唇を、きっちりとかたく結んだ。
登録した氷山の連絡先のアイコンは、青と黒の寂しそうなグラデーションの画像だった。
すごく、氷山らしい。
もしアイコンが犬や猫の画像だったらそれはそれでギャップに悶えたけれど、氷山らしくて、これはこれでいい。
氷山なら、なんだっていい。
「じゃあ土曜日、よろしくね」
私は甘い唾液を飲み下し、高揚を悟られないように言った。
わずかに頷く氷山の睫毛の先が揺れる。その睫毛の陰に潜り込めたら、どれだけ倖せだろう。
膨らんでしまいそうな欲を感じながら、私は席に戻った。
部長、私にチャンスをありがとう。
入社して二度目の夏、私ははじめて部長に感謝した。
四角い窓の向こう側では、太陽が痛いくらいに照りついていた。