ずっとなりたかったんです。詩織様の、下僕に「、を喰らう」第三章 ー 1 【、を舐める】
ブルーマンデーならぬ、ディープブルーマンデー。
重い足取りで出社した私に、氷山はいつもの顔で「おはようございます」と言った。
土曜日の出来事がすべて私の妄想だったのではないかと錯覚する。
妄想ならありがたい。
妄想であって欲しい。
しかしグラスの破片で切れた指先は、絆創膏を赤く染めていた。
氷山にねっとりと舐め上げられた指。
あの舌の感触も温度も高揚も、すべて完璧に思い出せる。
私はPC越しに氷山の席へ視線をやった。
表情はかろうじて見えるけれど、近いというわけではない、程よい距離。
といっても、氷山の顔には表情らしい表情は浮かんでいないけれど。
濃紺のネクタイが白い肌によく映えている。
眼鏡の中央のブリッジを人差し指で押さえる仕草は、何度見ても私の胸をくすぐり、捕える。
氷山は今日も氷山らしさしかない。
「ねえねえ、土曜日どうだった?」
「中野」
「氷山くんと買い出しに行ったんでしょ?」
同期の中野は隣の席から身を乗り出して訊いた。
好奇心いっぱいの瞳が、遠慮なくずいずいと迫ってくる。
「教えてよ。どうだったの? たくさん話した? 私服はどんな感じ? まさかスーツで来たんじゃないよね?」
「え、ああ……」
氷山との会話。浮かんでくるのは「下僕」と「豚野郎」。
土曜日に起きたことを正直に中野に話したとしても、きっと信じないだろう。
あの冷ややかな氷山が下僕になりたい、なんて。
下僕になれと言われた、の方がよほど信憑性がある。
「もったいぶってないで、詳しく聞かせてよ。みんなには内緒にするからさ」
無理だ。話せるわけがない。
そう思いながらも曖昧に頷いた。
「なんか詩織、元気ないね。氷山くんと買い出しに行けるって、あんなにうきうきしてたのに。なにかあったの?」
「ああ……。ちょっと寝不足なだけだよ」
「そう?」
「うん。大丈夫」
大丈夫ではない。うきうきなんて、もう出来ない。
ハラハラドキドキはしているけれど、このハラハラドキドキは、かわいい甘酸っぱいものではない。
崖の縁まで追い詰められるような、込み上げる唾液をごくりと飲み下すような、全身が粟立つような――そういうもの。
あの「放置プレイ」のあと、氷山はいったいどう過ごしていたのだろう。
私のことを、詩織様のことを考えていたのだろうか。