自分たちの生きる世界の規範として憲法を考えることが必要です──農山漁村文化協会編『日本国憲法の大義 民衆史と地域から考える15氏の意見』』
「私が右翼だった頃、「敵」はアジアではなく、アメリカだった。しかし今のヘイトスピーチは、アジア蔑視に基づいている。そのことにこそ、日本の立ち位置の変化を感じる。アジアに経済的に追い越されるという恐怖、不安感。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」が遠い過去になった今、この国の人びとはなんとか「誇り」を取り戻そうともがいている。ヘイトスピーチだけではない。テレビ番組のゴールデンタイムで放映される「愛国ポルノ」(日本はこんなに素晴らしい、というような内容の番組)だって、もしかしたら同じような心情に基づいたものかもしれない。安倍晋三首相の「日本を、取り戻す」に感動してしまう人も、同じ不安の中にいるのかもしれない。(略)」
雨宮さんはさらに続けてこう語っています。
「「安定して普通に暮らせる方法」も「最低限、野たれ死にしない方法」もこの20年で、本気で分からなくなってしまった」と。そしてこの貧困化にさらされている中で雨宮さんは「「究極の貧困ビジネス」としての戦争がちらついてきた」のだと……。貧困化とは「憲法や権利がリアリティを失った場所」にほかなりません。その中で私たちができることは何でしょうか……「それは、ものすごく地道だけれど、その人の権利を回復する手伝いをしていくことではないだろうか」と言っています。
雨宮さんの心情溢れる憲法論をはじめとして、15人の論客が日本国憲法の〝価値〟とその〝意味〟を追求したのがこの本です。
まえがきにあるようにこの本は「自民党の若手議員たちの勉強会「文化芸術懇話会で」出だされた意見」は「言論・報道・表現の自由」を踏みにじるものにほかならず、「このような事象に象徴される為政者たちの日本国憲法に対する無知と傲慢を糺す」という考えのもとに編まれたものです。「憲法を「尊重し擁護する義務を負う」(日本国憲法第99条)国会議員たちがそれに真っ向から反し、蹂躙する事態」はまだ止んではいません。
とはいっても声高になにかを糾弾している論考ではありません。それは冒頭の雨宮さんの一文でも分かると思います。
自由民権研究者で歴史家の色川大吉さんの「この押しつけられた植民地憲法」というデマゴギー」への反論からこの本は始まります。ここでは「現憲法の制定過程において、改憲論者が故意に無視している日本の自主的な憲法起草運動の歴史」が語られます。
想田さんの論考ではあるアメリカ人女性の遺言が紹介されています。それは「日本国憲法の平和条項と女性の権利を守ってほしい」というものでした。その女性、ベアテ・シロタ・ゴードンさんが現行憲法に果たした大きな意義を紹介しています。詳細はぜひ読んでいただきたいのですが、想田さんのこの言葉はじっくりと噛みしめる必要があると思います。
「日本国憲法を押し付けられたのは、大日本帝国憲法によって特権を享受してきたにほんせいふと支配者層であり、日本国民ではない」
想田さんは憲法第14条、第24条を例に引いてこの考えを私たちに訴えています。そしてその後に続く幻の第4条の話には日本国憲法起草にあたったアメリカ人たちの良識、良心を感じさせるものです。
そして『憲法9条への思いが沖縄の闘いを生みだした』と題した謝花直美さんの文には占領下の沖縄の歴史を踏まえてこのようなことが記されています。
「沖縄県内には「9条の碑」というものが6つある。全国的に見ると、宗教者や市民が建てた「9条の碑」が5か所は確認されているが、1県では沖縄がと出している」
そこにどのような思いを沖縄の人たちが込めていたのでしょうか。
「日本国憲法の第1条の天皇制を維持し、第9条の武力放棄を成り立たせるためには、沖縄に米軍基地を集中させることが必要だった。占領下、「復帰」運動を通して、沖縄の人びとが求めてきたのは、日本国憲法の現実化だった。だが、その夢はまだ叶わない。だからこそ、沖縄には9条の碑が立っている」
この沖縄の思いをはばむものはなんなのでしょうか。あるいは関曠野さんが書いているように「憲法が死文化した日本では、それに代わって日米安保条約が、事実上の憲法となった」からなのでしょうか。
日本国憲法の理念は少しも古びているものではありません。守り切れていない人たち、順守義務を負う政治家にもかかわらず守ろうとしない安倍晋三首相の周辺の人たちの思考をこそがまず検証される必要があるのではないでしょうか。
そしてまた内山節さんが指摘するように私たちは「憲法のふたつの意味」を考える必要があるのす。「ひとつは政府の行動を縛るものとして」、「もうひとつ自分たちの生きる世界の規範」として考えなければならないのです。そう歩み続けることが、沖縄の6つ碑の思いに私たちが答えることになるのではないでしょうか。刺激あふれる読書体験でした。
書誌:
書 名 日本国憲法の大義 民衆史と地域から考える15氏の意見
編 者 農山漁村文化協会
著 者 色川大吉・想田和宏・内山節・新井勝紘・平川克美・楠本雅弘・雨宮処凛・謝花直美・村雲司・森まゆみ・芝田英昭・中田康彦・関誠・神田香織・関曠野
出版社 農山漁村文化協会
初 版 2015年7月25日
レビュアー近況:業務の谷間、急遽彼岸前の墓参に行ってきました。ちょっとした心配事が解決し、先祖に感謝の合掌を。
[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.09.11
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=4064