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「足で書く」というジャーナリストの精神が横溢した天皇の歴史──田原総一朗『日本人と天皇』

なぜ敗戦にもかかわらず昭和天皇は退位することがなかったのか……敗戦時に国民学校の生徒だった田原さんがその時以来抱き続けた疑問を追いかけた成果がこの本です。といっても天皇の歴史を通史としてまとめたものではありません。後書きに「このレポートを書くにあたっては、それぞれの時代の権威である学者の方々にお世話になりました」という田原さんの言葉があります。この本は「足で書く」というジャーナリストの精神が横溢した天皇の歴史についての「レポート」なのです。

田原さんが学者の人たちからどのような〈肉声〉を聞き出したのでしょうか。
たとえば、天皇の役割を問うと
「それは儀式です」「政治的な儀式と宗教的な行事と両方あります」「摂政・関白自身が天皇の代わりにはなれないからです」(佐々木恵介さん)。
また南北朝の争いについて問うと
「天皇を生かしておいたほうが、結果的には人心も幕府に集まってうまくいくと尊氏は悟っていたのでしょう」(今谷明さん)。また「北朝、南朝を相対化して、尊氏が仕切れるようにした。尊氏は天皇の存在は怖いものだと感じていたのです」(本郷和人さん)。

「天皇は権威として機能し続けたなどと一般に言いますが、この時代(戦国時代)には権威など全く必要ありません。もちろん祭祀も必要ない。天皇が何とか存続し得た理由は、強いて言えば情報・文化ではないでしょうか。武士というのは基本は馬鹿でしてね。成り上がり者もいれば、戦うことしか知らない者も多いわけです。長い時間軸でものごとを考える習性がないものですから、自分たちの存在や行動の意味がよくわかっていない。それに対して、やはり朝廷には長い歴史があり、また意味づけや因縁を専門に解説する公家が多くいるわけです。私は、諸国の大名たちにとって天皇家は情報・文化における都合のよい」「マザーコンピュータ-」のような存在で、それで何とか生き残れたのだと思います」(本郷和人さん)
というように著作からだけではうかがえない学者の人たちの個性あふれる声を引き出しています。この本の魅力はここにあります。もちろんそれを引き出したものは田原さんの問題意識の深さだと思います。

さまざまなインタビューから田原さんはこのように考え出します。
「天皇はしかるべき人物に姓を与え、官職を与える。権力者の側は(略)自らの権力の根拠を示すために天皇を必要とする。そういう意味では、天下を仕切る強力な権力者が存在しているときは、天皇に取って代わろうというのではなく、むしろ天皇は安泰だったといえる。天皇は姓と官職を与えるだけで天下を統治しないのだから、「革命」とは無縁な存在なのである」と。

では維新後はどうだったのでしょうか。明治維新後の歴史の中で、明治天皇が日清、日露の両戦争に反対していたことを取り上げています。「今回の戦争は朕基より不本意なり、閣臣等戦争の已むべからざるを奏するに依り、之を許したるのみ」(日清戦争にふれて)、「今回の戦は朕が志にあらず」(日露戦争にふれて)と。明治天皇を深く尊敬していた昭和天皇も太平洋戦争に反対していたということは知られています。明治天皇と同様に「閣臣等戦争の已むべからざるを奏するに依り」許したのでしょう。

権力と権威をともに持っていた天皇は平安時代以後はほとんどいなかったのです。本郷さんのいうように「権威もなかった」時代もありました。明治維新で、権力と権威を兼ね備えたようにみえた天皇も権力者であったとは必ずしも言い切れないようです。
「太平洋戦争は日本が勝てる見込みなどなく、敗れる戦争を回避しなかった責任は当時の指導者たちにあるのだが、実は新聞、ラジオ、雑誌など、メディアはほとんど例外なく戦争を煽っていて、戦後はそのメディアが一転して「東京裁判史観」のお先棒担ぎをし、また国民の多くが抵抗感なくメディアに乗ってきたのだから、事態は複雑になる。さらに、東条英機以下七人は、天皇免責のためにあえてA級戦犯を引き受けたとも言えるのである。総括にはほど遠いが、最後に、私の想いを述べておきたい」

これが敗戦時に疑問を抱いた田原さんの現在なのです。改憲論議の中で天皇について語られることはこれから多くなると思います。その時、この一冊は優れた導き手になるのではないでしょうか。

書誌:
書 名 日本人と天皇 昭和天皇までの二千年を追う
著 者 田原総一朗
出版社 中央公論新社
初 版 2014年11月10日
レビュアー近況:昼前の首相官邸屋上へのドローン落下、地上波各局大きく伝えています。規制は不可避とそれぞれの番組コメンテーターが言われていますが、技術の全てを否定するような向きがあってはならないと思います。

[初出]講談社BOOK倶楽部|BOOK CAFE「ふくほん(福本)」2015.04.22
http://cafe.bookclub.kodansha.co.jp/fukuhon/?p=3428

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