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ふたりで消した名前―「また逢う日まで」考

 カーラジオから「昭和の名曲をお聞きください」というナビゲーターの声が聞こえ、尾崎紀世彦の「また逢う日まで」が流れてきた。
 1971年(昭和46)にリリースされ、その年の日本レコード大賞と日本歌謡大賞を受賞した大ヒット曲である。

♫ ふたりでドアをしめて
 ふたりで名前消して
 そのとき心は何かを話すだろう

作詞:阿久悠、作曲:筒美京平

 50年前、テレビっ子の小学生だった私は、歌番組に出演して歌う尾崎紀世彦のもみあげに目を奪われ、その歌に魅了された。
 今でもソラで歌えるのは、当時しばしばこの歌を口ずさんでいたからだ。
 ところが、歌うことはできるものの、「ふたりで名前消して」というかんたんな日本語の意味がわからず、モヤモヤした気持ちを抱いたのを覚えている。

 いったいどういうことなのか。

 50年経ってハンドルを握りながら考えたのは、「なるほど、これは、アパートのドアのプラスチック製のネームプレートに書かれた名前を消したということなのだな」ということだった。

  マジックインキという名前で親しまれた油性マジックが登場したのは、1953年(昭和28年)4月のことだという。
 とても便利な筆記具だが、フタをきちんと閉めないとすぐに染料が蒸発してしまい、かすれて書けなくなる。フタを閉めるという行為が苦手な私は、しじゅう親に叱られていた。

 かまぼこ板でつくった表札を掲げる家がけっこうあった時代。
 表札やネームプレートを注文して買うことができない「ふたり」が、表札ないしはドアのどこかにマジックインキで「一郎、さくら」などと書いていたのか、「江夏次郎 飛鳥今日子」などとフルネームで列記していたのかはわからない。
 アパートを引き払うに際して、それを消すという行為。
 油性マジックは、それほど簡単には消えない。
 どちらかが必死に雑巾か何かでこすり、もうひとりが見かねて除光液とかクレンジングオイルを取り出して手渡し・・・という最後の共同作業。

 ♫そのとき心は何かを話すだろう


                 未

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