乳がん疫学に関するあれやこれや
講演会用のまとめです。
なお、グラフ、数字については注意して計算しましたが、解釈間違いがあったらそっと教えてください。
乳がんはどれくらい増えているか
乳がん年齢階級別罹患率(高精度地域)
資料:国立がん研究センターがん対策情報センター「がん登録・統計」
期間:1985年-2012年、3年ごと
点線=2000年まで 実線=2000年以後
高精度=山形、福井、長崎各県
1985年の割合を1とした場合、2012年では何倍に増加しているか
資料:国立がん研究センターがん対策情報センター「がん登録・統計」
どうしても40代の増加がイメージされやすいが、実際は60代後半のほうが増加率は上である。
世界的にみても乳がん患者は増加しているが、年齢分布についてはアジア圏=40歳代、欧米=60歳代と特徴が分かれているのに対し、日本は両方の層で増加している。これは後述するが、少子+高齢社会という両方を日本が成している影響と思われる。
なぜ乳がんが心配になるのか
乳がん=若い人に増えているというイメージが先行してしまう理由としては、以下のグラフが示すとおり、特に50代までで偏りが大きいから。
40代女性のがんといえば、半数以上が乳がんなのである。
年齢階級別部位別がん患者数割合(全国推計値 女性 2015年)
資料:国立がん研究センターがん対策情報センター「がん登録・統計」
また、報道の影響も大きい。
個人の名誉を傷つける気は全くないことを断った上で、乳がん診療に最も影響を与えた人物の名を挙げるとすれば、間違いなくフリーアナウンサーで市川海老蔵氏の妻であった小林麻央さんである。
小林麻央さん死去、34歳 乳がん闘病中にブログ続けるも...
https://www.huffingtonpost.jp/2017/06/23/obituary-of-mao_n_13855432.html
(海外の著名人であれば、やはり間違いなくアンジェリーナ・ジョリー)
累積罹患リスクも年々上がっている。
2015年時点で45歳だった人が、生涯で乳がんを発症する割合は11人に1人(累積罹患リスク9.2%)
40歳未満の方は10%前後に上昇するため、まもなく乳がんは11人に1人から10人に1人と言われる時代になる。ちなみに米国は8人に1人。
なぜ乳がんが増えているのか
乳癌診療ガイドライン2018では、乳癌発症リスク増加が「確実」とされているライフスタイル(生活環境・環境因子・合併疾患)は「閉経後の肥満」のみである。閉経前の肥満はリスク因子としては確立されていない。
「ほぼ確実」まで拡大すると「アルコール」「喫煙」「糖尿病の既往」が挙がる。
乳癌診療ガイドライン2018に記載はないが、ライフスタイルと関連して乳癌発症リスクとして世界的に確実視されているものには、
・高齢化
・少子化
・初産年齢の上昇
・(やや弱いデータだが)高身長化
といった項目が挙げられている(Uptodateより)。
(このほかにもエストロゲンレベルなどが示唆されているが、ライフスタイルとはややずれるので省略)
高齢化はさておき、少子化、初産年齢の上昇が乳がんを増やすとはどういうことか。これは妊娠期の乳腺変化と関係しており、この時期の変化は乳がんの発症・進行を抑える可能性があることが言われている(妊娠による乳腺保護)。このため、若くして妊娠したり、何度も妊娠をした場合は、この保護期間が長くなり、相対的にリスクが減るという理屈である。
(蛇足であるが、妊娠期乳がんの予後は妊娠と関連のない乳がんと予後は同等であるが、授乳期乳がんは予後不良であることが強く示唆されている)
「食の欧米化が乳がんを増やしている」とも言われる時期があったが、特定の食材・食生活が乳がんリスクと結びつくデータは乏しく、栄養環境の改善=高齢化・高身長化、富栄養化=糖尿病・肥満(閉経後)といった解釈をたどることが一般的である。
遺伝と家族歴と乳がんの関係
「親が乳がんだと子供も乳がんになりやすいですか?」
「乳がんは遺伝しますか?」
という質問をよく聞く。
自分は以下のように答えている。
「親が乳がんだと子供も乳がんになりやすいですか?」
→「本人を中心として、血縁者、特に第1度近親者(親、姉妹、子)に乳がん患者がいる場合はリスクが2倍ほどになります。複数いるようなら、3-5倍ほどになります」(これらに関しては、乳癌診療ガイドライン2018に記載されている)
「乳がんは遺伝しますか?」
→「全体の10%くらいが何らかの遺伝要因で発症していると言われています。ですので、10%くらいの乳がんは遺伝する可能性があるが正解です。ただし、高リスク遺伝子として特定され、対策が検討できるのはBRCA1/2だけで、この遺伝子が原因で乳がんを発症する遺伝性乳がん卵巣がん症候群は乳がん全体からみて5%未満です(残りは何らかのgerm line mutation)」
ここでは遺伝性乳がんについて論じないが、乳がん患者が遺伝子検査を受けることと、非乳がん患者が遺伝子検査を受けることは、その意味合いが大きく異なる。相談は必ず専門のカウンセリングが行われている医療機関で。
大切なことを載せ忘れた。
「(乳がん患者となって)何がいけなかったのでしょうか」
→仮に遺伝的要因があったとしても、ライフスタイルによるものだったとしても、どちらもあなたが背負うべき問題ではない。あなたは何も悪くない。
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