あなたに乳がん検診を受けてほしい理由をもうちょっと
前回の続きみたいなものです。
前回のエントリーでは乳がん検診の基本である「2年に1回のマンモグラフィ」がどのようなエビデンスを経て決まったかを紹介しましたが、果たして心動いだだろうか。おそらく微動だにしていないはずだ。
いや、動いていてほしいのだけれど、「乳癌死を減らす」と言われても、遠い未来すぎて今の動くきっかけになりづらいのもまた事実。
乳がん検診で「乳癌死を減らす」と「早期発見(・早期治療)」のすき間
これは勝手な推測であるけれど、乳がん検診を受ける方の期待は
1:乳がんがないことを確認したい
2:万が一あったとしても、「早期」であってほしい
3:治療(≒手術を想定する方が大半)できる状態であってほしい
いわゆる早期発見(・早期治療)。
ところが乳がん検診のエビデンスは、この「早期発見(・早期治療)」には答えを示していない。公共政策として行われる乳がん検診は「乳癌死亡率の低下」を目的とすることが世界的コンセンサスであり、早期発見(・早期治療)とは意味合いが違う。早期発見のメリットは別にきちんとあるのだが、乳がん検診を受けることのメリットとはやや異なる。
「乳がん検診で早期発見」は、医療者も確信犯的に混同しているフシがある。あまりに「早期発見」が強調されるがゆえに、不安を煽られた形になった方も多いのではないでしょうか。自戒の念を込めて、「早期発見」にとらわれず、あらためて「乳がん検診」の重要性を解説します。
乳がん検診は受け続けることが大事
そもそも乳がん検診で大切なことは、「無症状なうちから」「受け続ける」ことなのですが、これらの重要性はあまり説かれていないように思えます。
年齢階級別罹患リスク(2015年 全国推計値)
資料:国立がん研究センターがん対策情報センター「がん登録・統計」
これは、現在「40歳」「50歳」「60歳」の女性が、歳を重ねるにつれ、どれだけ乳がんをわずらう可能性がどれだけ上がっていくかのグラフです。(2015年データを元に作成)
多くのがんは、歳を重ねればもう大丈夫などといったことはなく、年齢が上がるにつれ、累積リスクも上がっていきます。
上の図で言えば、あなたが今40歳なら、50歳で乳がんに罹患するリスクは約2%、60歳であったとしても6%ある。40歳の時点で、「残りの人生」を考えたとき、どこかで乳がんをわずらう可能性は10%にもなる。
どの年齢も、おおよそ5年に1%ずつ乳がんリスクが増加しています。
80歳までグラフの傾きが緩むことすらない。増加の一途をたどるこのリスクに対応するためには、乳がん検診を1度の「あー、よかった」で終わらせずに、その先も受け続けることが肝要ということが、上の図を見れば分かると思います。
検診は無症状なうちに受けることが大事
以下の2つの論文では、「検診によって乳がんが発見された」ケースと、「症状を自覚してから乳がんが発見された」ケースとで、がんステージや10年生存率がどれだけ異なるかを示しています。
*1 A 13-year follow-up of patients with breast cancer presenting to a District General Hospital breast unit in southeast England
David Robinson et al. The Breast(2006); 15(2): 173-80
*2 Population estimates of survival in women with screen-detected and symptomatic breast cancer taking account of lead time and length bias.
Gill Lawrence et al. Breast Cancer Res Treat (2009); 116(1): 179–185
検診によって発見された場合、有症状時と比べて腫瘍の大きさは有意に小さく、手術不能なケースはほとんどありませんでした(*1)
10年生存率についても大きく異なります。
検診によって発見された場合の10年生存率は90%前後であるのに対し、有症状による発見は70%前後と、20%近く差がついているのです(*1,*2)。
(誤解なきようお願いしたいが、上記のようなデータがあるからこそ、自覚症状を覚えた場合は検診ではなく、クリニック等を受診してほしい。あなたのその心配は、検診では解消されないかもしれない)
どうしても「見逃し」は起こる
受け続けてほしい理由には、「見逃し」の不利益を減らすという目的もあります。
おいらはマンモグラフィの読影試験を「AS(最上位)」で合格したことがありますが、その時の試験でも満点ではなく、所見があるのに「なし」としてしまった間違いがいくつかありました。
検診はダブルチェックでの読影が基本であるものの、難しい所見は何人集まっても見逃される可能性が、振り返ってみればわかってもそのときは見抜けないことが必ずあります。
「同じ検診施設で」「受け続ける」ことで積み上がる情報は、読影医からすればとても貴重。受検者からすれば「見逃しはある」なんて開き直りがたまったもんじゃないのは重々承知ではありますが、いつだって「同じ検診施設で」「受け続ける」ことの重要性はとにかくご理解いただきたい。必ずその情報を活用し、あなたを救いへと導く。
超音波検査のメリットも大きいと思う
先のエントリーで日本における超音波検査を用いた乳がん検診のエビデンス(J-START)を紹介しました。マンモグラフィに超音波検査を追加することで「がん発見率の上昇」などの受検者メリットがあることが、あれだけの規模で示されたことはとても重要な知見だと思います(それなのになぜJCOはrejectしたのか本当に謎)
機械の分解能も年々進化しており、以前は描出することのできなかった「石灰化病変」などもわかるようになってきています。確かにエビデンスではマンモグラフィ一択なのですが、現場の感覚としてはマンモグラフィと超音波検査は両輪の関係であり、両者揃ってはじめて乳がんの診療という車は進んでいく。
マンモグラフィを読影していても、「超音波検査もあればなぁ」と思うことは多い。乳癌死の減少効果はまだ示されておらず、適切な検診間隔などの議論も残りますが、少なくともあの試験は「早期発見」を願う人にはしっかりとした答えを示したように思える。あなたがもし乳がん検診に「早期発見」を願うのであれば、検診としてのマンモグラフィに、早期発見としての超音波検査を併用することを(この場合も、超音波検査だけでいいわけではない)、ぜひとも検討してください。
「2年に1回のマンモグラフィと超音波検査」が最適解??
前回と言っていることが違うと思われるかもしれないのですが、エビデンスを押せば「マンモグラフィ」なのは間違いない。ただ、乳がんに対する不安の声を少しでも解決させるための検診という点では「乳癌死リスク低減のためのマンモグラフィ」と「早期発見のための超音波検査併用」という「2年に1回のマンモグラフィと超音波検査」が最適解だとと思っています。
そして「同じ検診施設で」「受け続ける」。これ大事。
ちなみにおいらは、希望される患者には外来ですべての画像を表示して、読影の仕方から説明しています。不安な中で痛い思い、恥ずかしい思いをして受けてくれたせめてものお返しは、丁寧な説明だと信じています。
残念ながら、乳がんをわずらう方の数はこの先も減りそうにない。乳がんへの不安も尽きないでしょう。ただ、適切な情報提供や説明、そこで得られた知識は、その不安の一歩先へと進む力になると信じています。
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