講義篇6:「恋愛」の公式参加条件
前回ですね、《『恋愛』の公式ルール》の方を先に考えちゃって、
思えば《『恋愛』の公式参加条件》を考えるのが先だったかな、っていうふうに思ったので、今回は《『恋愛』の公式参加条件》っていうことについて、あくまで私の考えですけれども、考えすぎてることをお話ししてみようかなっていうふうに思います。
恋愛の公式参加条件
これも5つあります。
恋愛したいと思っていること
人に頼れること
安全な場所で生活していること
(ある程度)精神的に自立していること
現在、性暴力・DV(加害/被害)の渦中にないこと
こういうのをあげてみました。もちろん、この参加条件を全てを満たしていなくちゃいけないってわけじゃなくて、三つ以上参加条件として満たしていれば、恋愛はできるかな、っていうふうなね、そういうことを思っているんですけれども。
どちらかと言うと、先ほど挙げたうちの④と⑤は付帯的な、付属的な参加条件みたいなものだと思っているんですけど、重要な参加条件だと思っているので含めました。公式参加条件としては、やっぱり基本的なところでは上の3つです。
①恋愛したいと思っていること
恋愛したいと思っていなければ、そもそも恋愛というゲームにはやっぱり参加できないし、するべきではない、というふうに私は思いますね。恋愛したいと思ってない人にね、「恋愛しようよ」みたいな感じで誘ってもですね、乗ってこないわけですよね。だから、「恋愛したい」と思っていれば、基本的には参加できる。
で、加えて、
②人に頼れること
中にはメンタルヘルスっていうところで問題を抱えてたりとか、気質だったりするところで、なかなか「人に頼る」っていう発想を持つのが難しい人、人に頼るのが難しい精神的な段階(状態)にある人がいらっしゃいます。そうなると、なかなか「恋愛」っていうゲームに参加することが難しいのかな、参加条件を満たすのは難しいのかな、って。
いわゆる、恋愛っていうふうなことって、結局やっぱり人がいないと成り立たない、人に頼らないと恋愛という関係性を続けていくのは難しいことなので、適度にやっぱり「人に頼れる」っていうことは必要なのかなっていうふうに思います。何もかも、自分一人だけで何とかしよう、っていうことで恋愛ができるわけじゃないですよね。なので、人に頼ったりとか、人を信頼して想いを打ち明けるだとか、「恋愛」っていうゲームに参加するためには必要なことですね。「私は人に頼らずに生きていくぞ!」って、頼るにしても食料調達ではスーパーの店員さんには頼るけど異性には頼らんぞ! みたいなね、そういう人はなかなか「恋愛」っていうゲームは縁遠いものなんだろうな、ということを思います。で、
③安全な場所で生活していること
っていうことなんですけれども、これは物理的な安全だけではなくて、心理的な安全、あるいは生計的・金銭的な安全ということが必要です。
というのも、いわゆる「高収入」な人を求めてね、そういう人と恋愛したい、みたいな話をね、皆さんしたがる傾向があります。これは女性とか男性とか性別関係なくそういう傾向があるというふうに私思うんですけど……それに対して、「却って恋愛の成就を妨げるブロックになるからやめといたほうがいいよ」って言いたい自分もいるんですけれども、結局最低条件の「安全」っていうところで言うと、言ってしまえば、生活保護を受給している人でも恋愛はできるわけですよ。で、実際受給しながら恋愛関係に入る人ってのも、いないわけではないですよね。
ただ、そうは言っても、安全性……要するに、お互いにとって物理的に安全であること(「住まいがある」等々)、あと心理的な安全(「ここにいると、とりあえず落ち着く」「帰ってこれる安心感」等々)、あと金銭的な安全(「生活保護はむしろ金銭的な安定性が確保されてる意味で割と安全」という考え方をすれば、むしろ「優良物件」とみなすことだって、考え方によっては出来るわけです)ということですが、ただ、「安全な場所」っていうところではですね、やっぱりそれぞれの人で価値基準が異なるので、なかなか基準をどこに置くかのさじ加減が曖昧になって考えるのが難しい……とまぁ、余計なことまで考えすぎてしまうんですけれども。とりあえず、安全な場所に住んでる、っていうことであれば、「恋愛」というゲームに参加するっていうことは全然ありだと思います。
④(ある程度)精神的に自立していること
っていうふうに書いたんですけれども、なかなか精神的に自立するっていうことは難しいテーマです。いつぞや、「自立するっていうことは、人に頼れることだよ」っていうふうなことをね、お話ししたんですけれども、適度に人に頼れるっていうことが出来る時点で、精神的に自立していることが必要になるかなって思います。人に頼れている時点で、ある程度精神的に自立している、と私は思っています。ただ、なかなか、「精神的な自立」っていうところがどこまでの自立かっていうのはね、難しいんですけれども。
究極をいえば、「人と対等な関係性でいられる」っていうことが、恋愛していく上での究極目標みたいなところになってくるので。でもまぁ、元から「対等な関係を築く」みたいなことができるようになっていなくても、多少人に依存するところはあっても、頼れるところは頼れるみたいな、そういうふうなことになってるっていうのは、やっぱり大事なことかな、大事な参加条件なのかなっていうふうに思ってます。物理的に豊かであって、そういう意味で自立しているとか、金銭的に自立しているとか、そういうことは全然ここでは問題にしていません。そういうことがなくても恋愛は出来ます。ただ精神的な自立はある程度あったほうがいいです。というか、そういうことがないとなかなか恋愛っていうことはサスティナブルにならないかなって思ってます。 5番目が
⑤現在、性暴力・DV(加害/被害)の渦中にないこと
っていうのは、渦中にあるっていう時点で、もうそれだけでも恋愛に参加する以前の問題かな、って。恋愛ってことを考える以前の問題かなって思っているので。まずはそれに関して被害側だったら適切なケアだったりとか、あるいは加害側だったら適切な更生プログラムとかね、色々あるし、受ける必要があると思うんですけれども。性暴力とかDVに繋がるような背景だったりとかを抱えていると、結局恋愛っていうふうなことになっても暴力・差別を再生産してしまうので。そういうことがあるので、恋愛しちゃいけないっていうふうには言わないんですけど、でも恋愛以前の段階だよねっていうことを私は考え込んでしまいます。なので、公式参加条件の中に、やっぱり「性暴力とかDVの渦中にあると、恋愛は難しいよね、なるべくそういう渦中にないほうが、プレーヤーとしては、いいんじゃないかな」っていう項目を加えたいと思っているという、そういうことです。
ということですが、現実には、「恋愛」の公式参加条件を満たさない状態で恋愛関係に入ろうとしている方々、実際に入ってしまってる方々、いらっしゃる。で、段々参加条件を満たして、ちゃんとした恋愛ができるようになる方々も中にはいることを否定するわけじゃない。ですけれども、参加条件っていうところをちゃんと確認を取って、ちゃんと同意が取れている状態で恋愛するっていうことが、一番セーフティだよねっていうことは思ったりするわけです。この参加条件を満たさないと、例えば私みたいなね、サッカーの訓練を積んでなかったり、サッカーをする身体が出来上がってなかったりする人間が、いきなりワールドカップのピッチに立つみたいなね、そういうことと同じことになりやすいのかな、っていうふうなことを思ったりとかします。っていう、お話でした。
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