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小説『鎖鎌探偵 鋼』第五十九幕 おはよう! 黄金の氷柱

『鎖鎌探偵 鋼』
    第五十九幕 おはよう! 黄金の氷柱

クサリガマタンテイ ハガネ
    ダイゴジュウキュウマク オハヨウ! コガネノツララ
 
 
 

 
 あ痛たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!

 右奥だ。親知らず。痛いったら、ない。あまりの痛みに、寒さや、暗さ──更に云えば、暗さによる無気味さ──に対して、全く反応をする余裕が無い!

 もう既に二件、事件を解決している。途中、鎖鎌VS鎖鎌ということで、厄介な破戒僧と対峙したりもして……今は股間に鎖鎌を巻いているだけだ。自我(じが。ここでは、一人称。)の一張羅とも云える虹色のツナギあ痛たたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!

 歯が痛いのよ!

 結局あれやわ!

 三分前に漸く、列車の扉が開いた為、凍死寸前で辛うじて助かりましたわ! 自我は黒髪のモヒカンに積もりに積もったぼたん雪を払い、席に腰を下ろした。寒かったが、歯が痛くて。うむ。
 手荷物が、実は、一つある。ホルモン弁当だ。天然の冷凍状態だ。これも、冷凍食品と呼ばれるべきなのだろうか?

 腰に巻かれた木製の鎖鎌が、からり、と音を立てる。車窓越しの駅舎には、灯りに照らされた雪と、その奥に広がる闇が、非現実的な現実として展開されている。冬の山奥の、夜。とんでもなく静かだ。
 ぽっかぽかとまではいかないが、車両の暖房は何とか効いている。いや、相対的に云えば、マグマさ。それ程までに、自我の体温は低迷している。

 静かだ。

 何となく、眠れば、その眠りが永くなりそうな予感がしている──などと考えを巡らせていた時、発車時刻と相成った。

 県鉄 石徹白線(けんてつ いとしろせん)、本日の上りの最終列車。終電。その〝終わりの始まり〟が、今、アナウンスも無く、無人駅を発つ。



【26:12 九頭竜湖駅】



 ゴウン。ギイコ。ギイコ。と、緩やかで、まるで巨人が巨石をのろのろと押すような印象を受ける、おおらかな発車。
 列車は徐々に、速度を上げていった。

 ──。

 ──。

 歯の痛みに耐えながら、目をとろんとさせていた。うつらうつら、と、していた。
 進行方向に対して左側のボックス席で前を向いた席で、静かにゆっくりと車窓を眺めている自我。乗客は、一人もいない、九頭竜湖駅でも、遂に一人も逢わなかった。

 夜の雪山を閑かに走る列車。

 少し、うとうとした。おちんちんや木製鎖鎌、木製金玉や──失礼、金玉は木製ではなかった、金玉や、木製分銅が優しく揺れる。

 自我の脇を、ゆっくりと静かに、後ろから前へ抜けていった者がいた。車掌だ。服装で、分かる。
 だが、気がつくと自我は、絶叫していた。

「うわあああああああああああ! おばけえええええええええええええ!」
「ひえッ!」

 車掌は腰を〝物理的にも〟抜かし乍ら、こちらを向いた。

「な、なん……どうしましたか、お客様?」
「え、いや、だ、だって、あんた、が、がいこつ……。」

 自我は立ち上がって指を差し乍ら、震えつつ、云った。

「が、骸骨やんけ! あ、歯が、痛たたた……。」
「なんだ、そんなことですか……。歯、大丈夫です? 私は車掌の小澤笠(おざわがさ)と申します。県鉄 石徹白線(けんてつ いとしろせん)の職員です。不死という訳ではありませんので、その鎖鎌で私を殺さないで下さいね?」

 小澤笠は腰を〝嵌め〟乍ら立ち上がり、一礼した。上体の骨格が少し外れかけたが、それも自分で直した。セルフ・サービスというやつだ。

「骸骨が車掌をやっているのか……。魂消(たまげ)たなあ……。」
「これでも副部長でしてね。車掌業務の他に、二万枚近くある社の年賀状の印刷も任されているのですが、そちらの方、全くの進捗ゼロでして、気が気では無いのですよ。ああ、胃が痛い。──と云っても、胃は無いんですけどね。ファントム・ペイン、という奴です。〝肢(し)〟では無いですが、幻肢痛の一種であることは間違いない。」
「饒舌な骸骨だ。非常識な……。」
「あのね、お客様……。この真冬の雪山を行く最終列車に黒髪のモヒカンに全裸で乗り込んで木製の鎖鎌と怪しい風呂敷を携えている貴方に云われたくはありませんよ。本日はどうされましたか? その風呂敷の中身って、勿論、爆発物ですかね?」
「いやいや誤解です、これはホルモン弁当で、でも、歯が痛くて……。」

 列車は行く。自我と車掌・小澤笠氏は、四方山話を重ねた。
 静かな夜だ。



【27:23 貝皿駅】



「てな訳で、この列車はAIが運転しているのさ。」

 小澤笠が車掌帽を優しく回し乍ら、のんびり云った。二人はすっかり寛いでいる。自我は欠伸をした後、ゆっくり言葉を放った。

「へえ。停車も発車も、AIか。何だか怖い。」
「全くだ。私も妖怪の一種とはいえ、AIはちょっと怖いな。」

 ガダン、トッ、トッ、トッ……。


 珍しい、貝皿駅(かいざらえき)から乗客か……と振り向いた自我は、またしても絶叫してしまった。

「うわあああああああああああ! おばけえええええええええええええ!」
「うわっ! な、何ですか、急に大声を……って、全裸の変質者に骸骨!?」

 紅檜皮(べにひわだ)の全身タイツを着ているようなおじさんは、自我等(じがら)に驚いていたが、いやいや、自我に云わせれば、そちらの方が驚きだ。──なお、紅檜皮とは、茶と紫と赤を混ぜ合わせたあと白で薄めたような色だ。
 自我は問う。

「あ、貴方、宇宙人ですよね?」
「ん? そりゃあ、この宇宙に生きている者は全員宇宙人ですよ。貴方も。」

 自我と通路を挟んだボックス席のにて自我と通路を挟んで隣り合っている小澤笠が、自我と通路を挟んだボックス席の向いの席に座るよう骨の指で促しながら、云った。

「今度は私が質問をさせて下さい。貴方、地球外生命体ですか?」
「ええと、……今この瞬間は、地球にいますので、地球外の生命体とは云えないというか……。」
「では、地球外から来ましたか?」

 紅檜皮のおじさんは、おちんちんらしきものをぷらりと振り子の如く揺らし乍ら席に着き、呟いた。

「ええ……まあ。」

 ──。

 ──。


 ニ十分ぐらい、三人で話し込み、まあ、このアバン=ナ=イマと名乗るおじさんは、所謂〝宇宙人〟であろうということは、疑う方が難しいような状況となっていた。
 自我は隣の車両の自動販売機で買った水を飲みながら──そうなのよ、冬なのに、いや、冬だからこそ、脱水症状で他界するところだった──アバンさんへ問うた。

「それならアバンさん、その未来予知、ちょっとやって見せてよ。」
「ふむ……それならば、二億円ほど頂きますが?」
「あ、いいいい、やめて!」
「アハハ。冗談です。ま、缶ビール一本で手を打ちましょう。」
「まあ、未来予知が本当っぽかったら、謹んで奢らせてもらいますよ。」

 車掌・小澤笠氏も身を乗り出す。骸骨だが、かれこれ一時間半話し込んだせいか、表情に富んでいるように見えなくもない。今の彼は、笑っているように見える。

小「興味あるな。どうやって占うんだ?」
亜「〝占う〟っていうのは、ちょっと違うんじゃ?」

 ああ、因みにこの〝亜〟というのは勿論自我。〝鎖鎌探偵 鋼〟こと、亜川 鉛児(あかわ えんじ)だ。

ア「まあ、未来予知を知った後に行動を変えることで未来が変わる点では、
〝占う〟という云い方も、あながち誤りではありませんな。コホン。では、貴方がたのこれからを、占いましょう。」
亜「あ、ちょっと待った! 寿命とか知りたくないよ! あの、ソフトな感じで、」
小「そうだぞ、ほんのちょっとでいい、未来っつっても、軽くだ。体験版の〝占い〟で頼まァ!」
ア「なるへそ、然様(そう)ですか。」

 宇宙人が、車窓を眺めながら笑った。
 愈々山は深く、愈々夜は深く、愈々雪は深い。

ア「では、手加減をして、これから半日ぐらいの〝占い〟にとどめましょう。まず、小澤笠車掌様。」
小「はいよ。」
ア「今は28:19なので……あと15分後ですね。28:34、三面駅(さつらえき)に到着。」
小「ぴったりだ。異常無し。」
ア「ところがですねえ、この車両、三両編成でしょう?」
小「ん? ああ。全ての車両が自由席。ここは二号車。」
ア「隣の三号車には自動販売機があるじゃないですか?」
亜「あるね。先程、自我が水を買った。ビールも売っている、オアシス。」
ア「そう。……で、28:34、三面駅(さつらえき)に着いたタイミングで、今既に一号車、トイレのある車両ですね、一号車に乗っているンコチポさんというマッチョなおじさんの幽霊が、あたたかいゆずレモンティーを三号車で買う為に、この車両を横切ります。」

 自我と小澤笠は絶句した。

ア「んで、帰りに小澤笠さんが例によって、私の時のようにンコチポさんを座るように促します。そこに。」

 アバン=ナ=イマは自我の向いの席を指差した。車窓に、ニホンカモシカがチラリと映ったが、すぐに見えなくなった。これで七頭目だ。

ア「そのあと、ンコチポさんが死後も錯視の研究を続けていることなんかを話し込んで、」
小「サクシ?」
ア「錯覚の〝錯〟に、視力の〝視〟で、〝錯視〟です。詳しくはWikipediaでも見ておいて下さい。それで、私が黒舞茸が好物だとか、小澤笠さんが〝喪中の連中に年賀状を送らないのはいいが、そうするとリストから一時的に外れるから来年の末に年賀状送付リストに復帰させることを忘れがちで、現にそれっきり忘れっぱなしで永遠に年賀状を送る対象では無くなった方々が星の数ほどいるだろうと思われる〟ことなどだとか、そんなことを四名でお喋りをしているうちに29:45、阿弥陀ヶ滝駅(あみだがたきえき)着。ここでツキノワグマさんが二号車から入ってきて、さあ大変。我々は慌てふためき、大乱闘です。」
亜「え!?」
小「は!?」
ア「石徹白線(いとしろせん)の終着駅の北濃駅(ほくのうえき)に着くまで、我々は死闘を繰り広げる訳ですが、貴方は途中でそのホルモン弁当をひっくり返して下半身にぶちまけてしまい、ツキノワグマさんに最優先で狙われることになります。」
亜「ぎゃふん!」
ア「その後、〝ゲメイヤワ!〟という謎の単語を発するも、何も起こらず、おちんちんを噛まれます。」
小「……噛み千切られるのか?」
ア「……そこは敢えて触れずにおきますが、血の赤がこの蒸栗色の床に映えて、美味しそうになります。」
亜「おええ。」
ア「まあ、小澤笠さんの緊急電話の甲斐もあり、30:56に北濃駅に着いた時には、この車両に、惰宮 呑流比(だみや のんるひ)という警視庁からも岐阜県警(またおかけんけい)からも軽んじられている警視正や、設楽 建健爬(したら けんけんぱ)という透明なタンクトップを着て下半身は何も着用していない合気道の鬼が雪崩れ込んで来るので、一命は取り留める感じですね。そのあと、私が立ち小便をするのですが、かなり綺麗な氷柱(つらら)が出来るんですよ、駅舎に。一件落着という雰囲気になります。……ですがまあ、流石に、その、ねえ、貴方の、おちんちんは……。」
亜「おちんちんの危機だ! ホルモン弁当とかトイレとか扉とか……とにかく上手く使って、どうにか、おちんちんの他界を回避しよう!」
小「因みに、もうじき三面駅(さつらえき)に着くが、降りても凍死するだけだぞ。」
亜「分かっとる! 兎に角、四人で会議だ!」

 車両はまさに、減速を開始している。三面駅(さつらえき)に着くのだ。

 自我は小走りののち、一号車への扉を開けて叫んだ。

「おーいンコチポさんや! ゆずれもんティー奢るから、作戦会議だ! 対ツキノワグマは甘くねえ!」
「え、えーっ!?」

 マッチョで死に装束──白い経帷子だ──を上半身に身に纏い、下半身には何も纏っていないおじさんが、確かに奥の方にいた。足やおちんちんの先が仄白く透けている。
 怯える幽霊のおじさんに、改めて、自我は、こう云った。

「はじめまして! 一緒に冬の山の夜の熊を、乗り切ろうや!」
「そういうこった。」

 後ろから骸骨の車掌が、ひょっこり顔を覗かせた。その後ろには、紅檜皮の宇宙人が。
 幽霊が、叫ぶ。

「うわあああああああああああ! おばけえええええええええええええ!」

 列車が停まった。駅に着いたのだろう。沈黙(しじま)が空間を舐め、時間を犯している。
 

 時が止まっている。
 

 自我の木製鎖鎌が、からり、と音を立てた。

「鳥渡(ちょっと)厠。」

 自我は欠伸をしながら、便所へと歩を進めた。
 幽霊がホールドアップして、たじたじしていたので、自我は強めにハイタッチをかましてやった。

「宜しくな!」
「……こ、こちらこそ。」

 
 
 

 さて。

 
 
 

 長い夜を、始めようや。


          

 
                                                                                                                                              〈了〉

                 2022/12/18 非おむろ

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