parfect days
夫と久しぶりに映画館へ映画を観に行った。
私は人を映画に誘うことが苦手
(趣味に合わなかったら、退屈してたらどうしようなどと考えてしまう)なのだけど
今回はやっぱり2人で見ておきたい気がして
夫を誘ってみた。
その数日前には、夫が観たいと言った
「最高の人生の見つけ方」をAmazonプライムで観た。
ここ最近で、「生きること」と
またその逆について、考えることが増えた。
2ヶ月前に友人の訃報を聞いた。
さらにその3日ほど前に私たち夫婦は
その友人とオンラインで他愛もない会話を楽しんでいた。
夫の職場の同僚で、私が初めて会ったのは夫と結婚してからだった。
コロナがまだ未知のウイルスとして
日本国内でも徐々に認識されはじめたころ、
それでもまだどこの居酒屋も様子を見つつ営業していて、その日夫は会社の人たちと飲みに行っていた。
珍しくフラフラに酔った夫の肩を支えながら
我が家の玄関まで送り届けてくれたのが彼だった。(そのとき初めて夫に大叱責した)
それ以来、夫の恩人として私は彼に絶大な信頼を寄せていた。
当時、一駅隣に住んでいたこともあって
その日をきっかけに夫婦同士でそれぞれの家にお邪魔したり、遊びに行く機会も何度かあった。
家事スキルに長けていて、掃除の方法や家電のことなど、主婦(主夫)友だちのような感覚でいろいろ教えてもらったりした。
やがて彼は奥さんの地元である東北へ、
わたしたち夫婦も滋賀県へと引っ越した。
こちらから東北へ遊びに行くことは叶わなかったけど、彼ら夫婦とその2人の間に生まれた愛娘とで一度私たちの新居にも遊びに来てくれた。
久しぶりにビデオ通話をすることになったのは
夫が車の買い替えを相談したいとか
そういう名目だった。
彼とはインスタでも繋がっていて、
毎日ストーリーにあげられる子どもの日常を微笑ましく見ていたけど、
顔を見て話すのは久しぶりで、私もその日を楽しみにしていた。
平日の仕事終わり、食事も済ませて落ち着いた頃にビデオを繋いだ。
3人で2時間くらい話して、私がお風呂に入って寝室に行ったあとも、夫と2人で夜中まで楽しそうに会話していた。
家族のこと、会社のこと、車のこと、他愛もない話を楽しく話していたら時間はあっという間だった。
その数日後、夫の元に一本の電話があった。
夫のそばにいた私は、電話口から彼の名前と、崩れるような泣き声が聞こえてきて心がざわざわした。
夫はその場を離れて、しばらく電話口に耳を傾けていた。
電話を終えて戻ってきた夫に声をかけることもできなくて、ただただ涙があふれた。
その日はお互いあまりその話題について触れることなく、布団に横になった。
布団に入ると、今度は自分ひとりでいろんな思考が頭を巡り、結局涙はとまらなかった。
夜中にキッチンで少し呼吸を整えて、ようやく少し眠ることができた。
次の日には当たり前のように日常が待っていて、いつも通り職場に向かう。
なるべくなにも考えないようにして1日をこなし、帰路についた。
帰りに夫の様子が気になって電話すると、
珍しく1人で飲んでると言う。
わたしもそんな気分になって、店で待ち合わせることにしたけど、私が到着するまでに夫は締めの雑炊まで食べ終えて店を出てしまっていた。
どうやら、割と早くから1人で始めていたらしい。
合流したものの、わたしの気持ちのやり場がなくて、そのまま夫をラーメンに誘った。
家では話しながら涙をこらえる自信がなかったので、店内でポツリポツリと夫から彼の話を聞いた。
葬儀は親族のみで行われたので、
四十九日の法要に夫と参列した。
参列者の多くは職場の同僚だったので
夫の知人友人もたくさんいて、
法要の前後は和やかに会話をしているうちに時間が過ぎた。
「実は壮大なドッキリで、本人が出てくるんじゃないか」と少し遠慮がちに冗談めかして言う友人がいて、夫も同意していた。
実は私もそんな期待をどこかで抱いていた。
「あのときこのことを伝えていれば」
「この話をしてたら」
そんな考えがときどき頭をよぎるけど、
きっと彼と関わってきたいろんな人が
同じように想いを巡らせているんだろうなと思った。
夫が最近心理学に興味を持って、
資格試験の資料請求をしていたことには少し驚いた。
同時に、自分も人の気持ちや考え方について、広く深く知ってみたくなった。
悲しい事実には変わりないし
ふと「会いたいな、話したいな」と声に出したくなるけど、
自分たちはいま出来ることを後悔のないように、ただ前を向いてこれからも生きていかなきゃなと思う。