下書き
お風呂上がりで、Lululunのパック中で、妹の学生寮には少し似つかない雰囲気のFrancfrancの大きな女優ミラーに映る、パックの上からメガネをかけるという今世紀最大の横着をかましている私の、顔は、別に可愛く、ない。
造形が、とかって文句を言いたい。女優みたいなアンニュイな顔に生まれなかった自分の顔に文句を言いたい。私の顔を可愛いという男をずっと疑って理解できない性分を自身に植え付けたこの根性を、憎みたい。中途半端な可愛い、で、人生ビッチを公言していた慇懃無礼で世間知らずな自分を、恨んでやりたい。でも、そういう問題じゃない。問題は、私が、たぶん、すごい、悪いやつだってことの方。
怒られたい、それダメだよってやめなって、怒って欲しい、ダサいよっていわれたかったのに。全部自分で気づいているつもりだった。お箸は上手くもてなくて、自転車に上手く乗れなくて、水道代もガス代も払えなくて、預金があっても生活インフラがしょっちゅう止まる一人暮らしの女の大雑把な醜態は、可愛い、で片付けられないはずなのに、まぶたに二重の線が入っているだけのこの女子を、世間は、というか、私みたいなのに引っかかる男たちは許してきた、というか許諾を強制されていた?私を許容すれば、自分の顔のつまんなさも、有害な男性性も、許してもらえるもんね。可愛いもんだ。
ダメなことして怒って貰える時期は、全部だるいって思ってた。もったいないな。正しいことをしたら怒られるようになってから、やっと、親とか親族とか友達とかにありがとーって思うようになるのかな。今でも私はブスも夜職の女も親の脛齧りも、全部見下しているし、認めてはいるけど、イケてるとは思わずに、容認の体裁をとって、偉そうに考えているけど、それもきっと全部無意味なことだ。
結婚とか鬱とか、元彼のパワハラか、私の過激派フェミニズムへのやりかえしか、知らんけど、会社は適当にやめたし、綺麗そうな経歴は汚いし、私は、お金に興味がないふりをするのが得意。毎週外食できて私立の小学校にいける家庭に生まれたのに、人生が不安。お金の価値観が合わない人が、苦手。きっとどこかの御曹司も、私に対して同じことを思っている。人間はそうやって連鎖的に比べるように、できている。人を見下すのが、得意、
他人を自分と比べるのがとくい、自分を傷つけるのが、とくい。幸せに生きろって言葉は大嫌い。無責任で、優しそうで、一番に汚いことだと知ってるから。
神社行ったり、ハイブラ行ったり、地元に帰れば、比べるあいてがいなくて
ともだちがいなくて、こころがからっぽで、楽なのだ。信じる相手を間違えた自分の愚かさを露呈しなくて済むし、何より、自分がバカだっておおうでをふって伝聞しないで済むでしょ。
文章を辞めたのは、ださいことをかけなくなったから。だから、全部消した
。比較的いいやつらしかった元カレがレイプしたって聞いて、いいやつってのは私の評価じゃなくて明らかに私を女として見てるのに踏み出さないそいつを見下したかっただけだってきずいた。
私の友達は占い師なんかじゃなかった。彼女に全部聞かなくなってから、心が楽。好きな色も、食べたいものも、好きな人も、本当は全部決められないの、いつも決められなくて、どうすればいいと思う?って聞けば、責任転嫁できるからと思って、全部失ってきたの。
決められなくてひきずってだれかのせいにしてきた、うすっぺらいナラティブがとくいだから。だから頭がいいやつは嫌い、見透かすなよ、バカ。
フェミニストでいたかったのかな、アンチテーゼをいうのがうまかっただけかも。それでもありがとうとごめんねだけは
忘れちゃダメだ、それだけは。
もうアルコールがはいんないと、うまく書けない自分が嫌い、上手くも書けてない、殴り書き未満、自己満足以上。
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