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「悲哀の月」 第19話

 雨宮の心配をよそに、二日後からコロナ病棟は本格的に動き出した。初日ということもあり、スタッフは勢揃いしている。
「では、今日がコロナ病棟の初日となります。まず、皆さん。この病棟で働くことを選択していただいてありがとうございます。心から、その勇気に敬意を表します」
 スタッフを前に来生は話し始めた。結局、医師は彼を含めて六人。看護師は四十五人が志願した。
「現在、患者さんはすでに転院されています。今のところ、軽症者は六名。重症者は三名。内、一名がエクモを装着しています」
 来生の説明に合わせて看護師はメモを取っていく。
「と言っても、コロナウィルスはわずか数日で容体が急変するという症例が数多く報告されています。ですので、今は軽症者であっても決して安心はできません。いつ何が起こるかわからないので。特に、高齢者の患者さんは重症化しやすい傾向にあるようなので、気を付けてください」
 重要な話に誰もが気を引き締めている。
「また、当院がコロナ病棟を開設したことは、昨日の時点で他院にも通知しています。ですので、今後は数多くの問い合わせが来ることが予想されます。現状を考えると、ベッドはすぐに埋まるでしょう。患者さんの移動は頻繁に行われることが考えられます。きっと想像以上に多忙となるでしょう。でも、いくら多忙になったとしても自分を守ることだけは忘れないで下さい。多忙だからと、マスクやフェイスシールドをしないで病棟に入ることは絶対に止めて下さい」
 来生は言葉に力を込めた。
「では、以上のことを守ってお願いします。我々としては、このメンバーでやっていきたいと思いますので、よろしくお願いします。コロナに負けないように頑張りましょう」
 その後でスタッフを鼓舞する。
「はい」
 全員が力強く頷く。
「では早速、仕事となりますが、その前にどうでしょう。みんなで写真を撮りませんか。自分たちはコロナと戦う一員として。後に誇れるように」
 来生は提案した。
「いいですね」
 看護師は隣にいる人と顔を合わせ、次々と賛成の声を上げた。
「それじゃあ、撮りましょう」
 そこでスタッフは整列を始めた。局の前に並んでいく。局には、コロナ病棟というプレートがかかり、奥には、コロナに勝つという力強い文字が書かれた紙が貼られている。この病棟の合言葉だ。
「では、撮ります」
 スタッフ全員が整列したところで、来生が声を掛けた。そして、タイマー機能を設定すると、自らも急いで列の中に加わった。
 そこでカメラはシャッターを切った。
「それじゃあ、もう一つ。病棟に入る前に円陣を組みましょう」
 撮影した写真を確認すると、来生は更に提案した。スタッフは苦笑いしながら隣にいる人と手をつなぐ。
「今撮った写真がいつか、自分たちの誇りとなるよう頑張りましょう。絶対にコロナに負けないように。コロナに勝つ」
「コロナに勝つ」
 来生の声の後でスタッフは叫んだ。まるで、自分の中にある恐怖を吹き飛ばすかのように力強く叫んだ。
「さぁ、それじゃあ、行きましょうか」
 スタッフの気持ちが一つになったところで来生は手を叩いた。
 そこで輪は解かれ、看護師は動き始める。先陣を切る看護師達は緊張の面持ちで決められた医療用具を身に付けると、自動ドアを通過し奥へと消えて行った。その中には、里奈と貴子の姿もあった。二人は恐怖を押し殺し、まずは軽症者の入院する個室に入り、医師からアドバイスをもらいながら容体を確認し、自分の仕事に取り掛かっていった。


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