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「カエシテ」 第32話

   32

(良かった。新潟に行けることになって)
 加瀨との話を終えると、純は安堵の息をついた。狙い通り、事が運んだのだ。夜の住宅街は静寂に包まれているが、叫びたい心境だった。
(おまけに、携帯もあるしね。いいことばかりだわ)
 純の目は手元へ向く。手には、黒いスマホが握られている。これは、会社用の携帯だった。陣内や加瀨が取材に行く際に持ち出す携帯だ。事情を話したところ、陣内が帰り際に快く貸してくれた。
「でも、余計なアプリは入れるなよ。あと、ネットはあまり見るなよ。あくまで会社の携帯なんだから。お前の私物じゃないんだからな」
 手渡す際に釘を刺されたが、元より純は携帯をそれほど使用するつもりはなかった。加瀨との連絡用としか考えていない。会社の携帯を普段通りに使っていたら、プライベートが筒抜けになってしまう。いくら何でも、そんな愚行をするつもりはなかった。
 ただし、確認したいことはあった。
 画像フォルダだ。
 チェックしてみると、中には百枚以上の画像が入っていた。一つずつ見ていくと、夜の廃墟や公園などが写っている。おそらく陣内や加瀨が撮影したものだろうが、心霊写真とはとても呼べないものばかりだった。日頃の純であれば、鼻で笑っているところだが今は違う。次々と画像をチェックしていく。
(ないわね。どうやらあの画像は)
 全ての画像をチェックしたところで、純は安堵した。不安視していた、楓が怒りを書き殴ったあのノートの画像は入っていなかった。新しい携帯に入っていただけに、もしかしたらと危惧したが、どうやら杞憂に終わったようだ。念のため二度確認したが、画像フォルダに見当たらなかった。
(これなら安心して新潟に行けるわね)
 そう思ったことで純は携帯のカレンダーをチェックし始めた。彼女の元に画像が送信されてきたのは、福沢の事件が起こる前日だった。噂が事実であれば、あと二日何も起きなければ無事ということになる。
(このまま逃げ切れるといいわね。もしそうなれば、逃げ道を見つけたことになるものね。これは大発見よ。何せ、もう何人もの人が犠牲になっているわけだから。ノーベル賞ものよね。ネットで配信でもしようかしら。もしかしたら、稼げるかもしれないわね)
 頭の中ではそろばんをはじき始めた。完全に捕らぬ狸の皮算用だったが、純がそこに気付くことはない。妄想世界は都合良く広がっていく。
(そうなれば、会社だって辞められるわよね。陣内と顔を合わせずに済むなんて夢のようだわ。何とか、独立してこっち一本で生きていけるようにならないかしら。その結果、有名人になれたりして。どうしよう。そうなったら)
 他人が聞いたら呆れるほど稚拙な発想だったが、本人は気付くことなく照れ笑いを浮かべている。
(まぁ、いいわ。そうなったら、その時に考えれば。それよりも今は、明日の用意をしないといけないからね)
 結局純は、三十分近く掛かりようやく妄想から現実世界へと戻ってきた。思考は明日のことへ向く。幸いにもチケットは会社の方で取ってくれた。純は身支度を整えて新幹線に乗ればいいだけだ。長居は頭にないため、適当に着替えをバッグに詰め込んでいく。
(とりあえずは、こんなところでいいかしら。あまり荷物が多くなっても、移動しにくいからね)
 二十分ほどで支度を調えると、純はバッグのファスナーを閉めた。だが、本人は必要最低限の物だけを詰めたつもりだったが、旅行初心者のため、余計なものまで詰め込んでいる。バッグはパンパンだ。
(それじゃあ、あとは明日寝坊しないようにするだけね。もし寝坊したら、全てがパァになっちゃうから)
 パンパンのバッグを枕元に置くと、しっかりと目覚ましをセットした後で純は布団に入った。緊張していたものの、やはり現代っ子なのだろう。十分もしないうちに眠りに落ちていった。


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