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「カエシテ」 第44話

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 平子は予定通り、有休を消化すると会社から去って行った。スタッフは三人となったことで、仕事量は激増した。陣内はスタッフを雇うことを約束していたが、サイトに掲載される時期はまだ先とのことだ。そこから面接を行い採用者を決め、会社で働ける手続きを取るため、新入りが入ってくる時期はどう見積もっても一ヶ月以上先のようだ。それも真面目な人間が入ってくればいいが、やる気のない人間では話にならない。すぐに辞めてしまえば、また人員を募集しなければいけなくなってしまう。
(何とか、今までみたいな奴らが入ってくるといいな。そうじゃなきゃ、俺達はいつになっても楽にはなれないよ)
 加瀨は休憩スペースで溜息をついていた。いつものように缶コーヒーを手にしていたが、正直酒を飲みたい心境だった。人員が足りていないことから、今月号と来月号に関しては、陣内が保持しているストックの中から厳選すると言っていたが、それでもやることは多い。加瀨は、脚色するネタを探すだけで手一杯となっていた。ここ数日は、自室に戻っても仕事しているほどだ。
(こうなってくると、あのネタを追っていた時期がもったいなく思えてくるな。一ヶ月近くずっと、あのネタを追いかけていたわけだから。それだけ時間があれば、話は山ほど収集できただろうな。このままいたら、他誌に水をあけられてしまうよ)
 加瀨の中で焦りが生まれる。雑誌とは、他誌との競争だ。いくら垂涎のネタを仕入れたとしても、他誌に先を越されてしまえば意味はなくなってしまう。読者は、雑誌社の事情など知らないため、二番煎じとしか捉えないのだ。常に先頭を走るのであれば、どこよりも早く、初物の話を掲載しなければいけない。
「お前達は本当にわからない奴らじゃな」
 現状を考え気を重くしていると、後ろから声が聞こえてきた。
 振り返ってみると、公子が立っていた。この日は、モップではなくスティック型の掃除機を手にしている。
「言っただろ。あの話は追ってはいけないって」
 公子は意地の悪そうな笑みを浮かべて話を続けていく。
「あの話は本物なんだよ。手を出してはいけないものだ。いたずらに刺激すれば、今のお前達のようになるだけだよ。悪いことは言わないから手を引け。どうせ、あくどいことをしてしこたま儲けているんだろ。お前達の会社は」
「ちょっと、どういうことですか。あの話はもう追っていませんよ。うちは」
 加瀨は慌てて否定した。
「何を言っているんだ。嘘をつくんじゃない。隠してもわかるんだぞ。私には」
 しかし、公子は詰め寄ってくる。否定されたことでムキになったようだ。
「本当ですよ。あなたは結局、俺達のことをからかっているだけでしょ。どこからあの話を入手したのか知らないけど」
 公子が慌てだしたことで加瀨は自分が優位に立ったような顔で話していく。
「まぁ、俺も騙されたけどね。もう通用しませんよ。うちの会社には、あなたのような人がたまに来るからね。そんな人を相手にしていては仕事にならないんだよ」
「そんなはずはないじゃろ。それはお前が知らないだけだ。まだ追いかけているはずだ」
 公子は不安そうな目でオフィスの方を見ている。
「そんなはずはありませんよ。もうあの話とうちの会社は切れたんですから」
「おそらく、今度の犠牲者はそいつになるな」
「えっ」
 公子が断定したことで、加瀨の顔つきは変わる。
「お前が知らないだけで、また会社で犠牲者が出るぞ。そうすれば、また一人減ることになるな。お前の会社は。近い内に倒産するんじゃないか」
 公子は不気味な声で高笑いした。
「それは本当なんですか」
 その様子に加瀨は聞いた。最初は優位に立っていたが、既に形勢は逆転している。いつものように公子に問い詰めている。
「本当だよ。そうじゃなきゃ、私が忠告するわけがないだろ。お前にはチャンスをあげているんだからな。このチャンスを生かせるようにするんだな。まぁ、お前達のしていることもひどいものじゃからな。仕事とこじつけて、霊を冒涜しているわけだから。そろそろ見切りを付けた方がいいんじゃないか」
 笑みを引っ込めると、公子は忠告した。
「そこまで言うのでしたら、教えてください。一体、誰が犠牲になるんですか。その答えを教えていただければ、俺も考えを改めますよ」
 加瀨は折衷案を提示した。
「それは言えないよ。何故なら、教えたところでそいつはもう運命を変えることは出来ないからな。北見楓の怒りよって死へと誘われるんだ。姉の書き殴った怒りのノートの画像を手にしたがためにな」
 公子は、詳細を織り交ぜてきた。もはや加瀨は黙り込むばかりだ。嘘つきだと決めつけていたが、ここまで言い当てられたことでまた迷いが生まれてきた。
「だから、あの画像を手にした人間に姉の怒りが襲い掛かるんだよ。余程怒っているんだろうな。恐ろしい体験をした後で亡くなるみたいだから。オホホホホ」
 何が愉快なのか、公子は笑い出した。顔にしわが出来たことで、目は埋もれている。
「お前達の会社はもう終わりだよ。全てはあの画像を手にしたことが間違いだったんだ。一度でもあの画像に拘わってしまったら、会社は全滅に近いダメージを負うことになる。あれだけ私が忠告したのに、どうしてこうも話のわからない人間が多いんだか。命を粗末にするなんてもったいない話だよ。私のような年寄りからすれば」
 加瀨が考え込んでいると、公子は話をまとめた。そして、手にしている掃除機のスイッチを入れた。掃除機は豪快な音を立ててゴミを吸い込んでいく。
(本当かな。うちの会社でまだあの話を追いかけている人間がいるなんて。俺からすれば信じられないけど)
 加瀨は遠ざかっていく公子の後ろ姿を見ながらしきりに首をひねっている。あの画像の怖さは、社内の人間は皆知っている。秘かに追いかけるにしても、パソコン上であの話を調べたところで情報は出て来ない。真相を掴むことは不可能だ。そうなると、公子の話は信用できなくなってくる。
(勘弁してくれよ。こっちはただでさえ忙しいんだから。面倒な問題を増やさないでくれよ)
 公子の姿が消えたことで、加瀨もオフィスへ戻ったが、頭をかきむしりたい気持ちとなっていた。

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