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「悲哀の月」 第15話

「本当にいいの。貴子までコロナ病棟で働くことにして」
 この日の仕事が終わり、更衣室で着替えを済ませたところで里奈は聞いた。
「うん、本音を言えばやりたくないけどね。でも、ニュースを見ているとコロナは世界中へ広がりを見せていて、各病院が大変なことになっているじゃない。先生も看護師も寝る時間もないほど忙しく働いていると聞くし。そういうものを見たら私は恥ずかしくなって。せっかく医療に携わる仕事をしているのに、あまりにも違ったことをしているから。だから、やることにしたの。世界の人に見られても恥ずかしくないように」
 貴子は自分の気持ちを伝えた。当初は真子と話していた通り、コロナ病棟に行くつもりはなかった。もしも行ってほしいと言われたら辞めるつもりだった。だが、日々テレビから流れてくる世界中の光景を目にしたことで考えが変わったのだ。
「そうなの。なら、頑張ろうね。きっと想像以上に辛いことばかりだと思うけどさ。絶対にいつか、笑って話せる日が来るはずだから」
 里奈は励ましの声を掛けた。
「そうよね。いつか必ず、そういう日が来るわよね」
 貴子は頷いた。だが、その目からは涙がこぼれる。
「私達が誇れる日が。あのコロナと戦ったって胸を張って言える日が」
「うん、絶対に来るわよ」
 里奈は仲間を抱きしめてあげた。
「だから頑張ろう。専門家の意見も取り入れると言うし、何人もの先生だって付いているんだから。信じよう。私達に感染することは絶対にないって」
 里奈は励ましの声を掛け続けた。
「うん」
 貴子は更に涙を流した。
「ごめんなさい」
 そこに一つの声が入り込んだ。二人が目を向けると、真子が申し訳なさそうな顔をして立っていた。
「私は、コロナ病棟に行けなくて。行きたい気持ちはあるんですけど、どうしても踏ん切りが付かなくて。手を上げた二人には申し訳ないんですけど」
 真子は顔を手で覆って泣き出した。
「いいのよ。そんなことは。真子はその分、こっちで頑張ってね。私達が戻ってくるまで」
 里奈は彼女の肩を叩いた。
「はい、お二人も絶対に戻ってきて下さいね。それまで私はここで頑張っているので。二人が戻ってきても、安心して働けるように」
 真子は涙を流しながら必死に言う。
「うん、お願いね」
 頼もしい後輩に里奈は託した。
「はい、二人は絶対にコロナに負けないで下さいね。私がこんなことを言える立場じゃないですけど」
 真子は涙を流しながら言葉を贈った。
「大丈夫よ。ありがとうね。私は今の言葉を忘れないから」
 里奈は笑顔を返す。
 しかし、真子にはもう言葉を返すことは出来なかった。頷くばかりだ。その拍子に涙が飛び散る。
「三人はずっと仲間だからね。何があっても」
 里奈はそんな後輩を抱きしめた。貴子もその輪に加わる。三人は涙を流し、抱きしめ合った。更衣室には他の看護師もいたが、三人にとってそんなことはどうでも良かった。それぞれが抱きしめながらも彼女達にしかない絆を深めていた。


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