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「悲哀の月」 第2話

 夫婦となった二人だが、忙しい日々は続いていた。その最たる原因が披露宴だ。休みとなれば、披露宴の準備で時間を奪われていた。
 まずは式場選びだ。式場に関しては、里奈の強い希望でプロポーズを受けた思い出の街恵比寿となった。と言っても、都心の一角だ。高級なイメージがある。当然、話を聞いた雨宮は逃げ腰だった。
 だが、探してみると格安の式場はあるものだ。駅からは離れているものの、一日一組限定で庭やプール付きの式場を見つけることが出来た。すぐに連絡を入れてみると、四月の下旬に予約を取ることが出来た。
 そうなると次は、打ち合わせとなる。
 二人はこの日、父親から譲り受けた雨宮の愛車プリウスに乗って式場に向かっていた。
「結構、やることがあるんだね。披露宴って。もっと楽だと思っていたけど」
 最近の休日は全て披露宴の打ち合わせに奪われているため、雨宮は音を上げ始めた。大抵、この手の打ち合わせは男の方が乗り気ではないが、二人も例外ではなかった。
「これでも少ない方よ。もっとしっかりしたところでやったらこんなものじゃ済まないんだから。この倍は掛かるはずよ」
「嘘だろ」
 山手通りを運転中ではあったものの、雨宮は妻に目をやった。
「本当よ。まぁ、今は簡素化が主流だからね。そういうところは少ないけど」
「俺は今の時代で良かったよ。もし、そんな時代だったら逃げ出していたかもしれない」
 雨宮は本音を漏らしながらも運転に集中した。
「ねぇ、ところで、あのレストランにまた行かない」
 その後しばらく沈黙が流れたが、里奈が甘えるような声を出してきた。
「どこのレストラン」
 コンビニの角を左折しながら雨宮は聞く。
「ほらっ、プロポーズしてくれたレストランよ。あそこ、素敵だったから気に入っちゃった」
 里奈は照れながら言った。
「そうなんだ。まぁ、確かに料理は美味しかったもんな。でも、一番のお気に入りはデザートの後のサプライズだったりして」
「それはそうよ。結婚したわけだから、プロポーズに勝るものはないわよ」
 里奈はあっさり認めた。
「でも、私の中ではもしかしたら、曲を作って披露してくれるかもって期待していたんだけどね。プロポーズの時は。健介のギターが聴けるかもって」
「それは駄目だよ。俺はギターは弾けるけど、歌はからっきし駄目だから。カラオケで何度も聞いているから知っているだろ。あの歌声じゃ心に響かないよ」
「それもそうか」
 里奈は納得した。雨宮とは何度もカラオケに行ったことがあるが、歌声はひどいものだった。仮にもバンドを組んでいたと言うから少しは期待していたが、お世辞にもうまいとは言えなかった。
「そうだろ」
 目的地に着いたため、車を駐車スペースに入れながら雨宮は言う。幸いにも、この日は空いているようだ。十台ほどある駐車スペースには空きがたくさんある。お陰で、駐車が苦手な雨宮でも苦労することはなかった。
「でも、一度は聞いてみたいな。健介の弾くギターを」
「わかったよ。なら、いつか弾くよ。それには練習しないといけないけどね」
 約束を交わしたところで雨宮は車を止めた。
「楽しみにしているわ」
 話がまとまったところで二人は車から降りると、少し離れた二階建ての建物へと入っていった。この日は、披露宴で着るそれぞれの衣装を選ぶことになっていた。
 中に入ると、すぐに係員が二人を案内してくれた。そこで雨宮は、三着のタキシードを選んだ。
 続いては、里奈の番だ。カーテンの奥へと消えていった。
(やれやれ、本当に疲れるな。何が楽しいのか知らないけど)
 すっかり疲弊していたため、待つ間に雨宮はソファーで眠りそうになっていた。
「お待たせいたしました。これが一着目です」
 睡魔と必死に戦っていると、係員の声と共にカーテンが開いた。
 すると、純白のウェディングドレスに身を包んだ里奈が現われた。
「どうかしら」
 彼女は体を左右に揺らしながら聞いてきた。
「いいんじゃないかな」
 雨宮は慌てて答えた。そうとしか答えられなかったのだ。カーテンが開き現われた里奈は文字通り、息を飲むほど美しかった。今まで戦っていた眠気は一瞬にして吹き飛んでしまったほどだ。
「もっとちゃんとした感想を言ってよ。それじゃあ、わからないじゃない」
 里奈は頬を膨らませると、カーテンを閉めた。
 その後、三度同じ事が繰り返されたが、どのドレスを着ても里奈は美しかった。
 そんな妻の姿を見たことで雨宮は、彼女と結婚して本当に良かったと実感していた。


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