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「カエシテ」 第37話

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 純の遺体は東京に戻るとすぐに荼毘に付された。遺体発見時警察は大挙として押しかけてきたものの、遺体に外傷はなかったことや、廊下に設置されている防犯カメラ映像で彼女以外、女湯に入っていないことが確認されたため、事故死と断定された。体内からアルコールが検出されたことも、その考えを後押ししたようだ。式は密葬で行われたため、従業員は参列していなかったが、職場は重い空気に包まれている。
「まさか純まで死ぬとは。どうなっているんだろ。純はあの画像を見たなんて一言も言っていなかったのに。どうにも腑に落ちませんね」
 出社した平子が早速、純の話題を口にした。
「そうだよな。風呂で溺死なんて不可解だもんな。若い女がこんな死に方をするなんて釈然としないよ。あの画像に関連しない限りは」
 自然と陣内の目は加瀨へ向く。従業員の内、二人がこの世を去ったことでさすがに厳しい顔をしている。
「えぇ、そうなんですけどね。俺も純本人から聞いていないんですよね。あの画像を入手したとは。新潟で取材していた時も、普段と同じで別段、怖がっている様子はなかったので」
 沈痛な表情で加瀨が言う。純を守ってやれなかったことに責任を感じていたのだ。新潟から帰った後もずっと、男としての責任感に苛まれていた。
「そうか。そうなるとやはりおかしいな。まさか、俺達の知らない何かがまだあるのか」
「そこなんですけど、一ついいですか」
 陣内が呟くそばで由里が手を上げた。
「なんだ」
 三人の目は彼女へ向く。
「もしかしたら純は、福沢くんにあの画像を送ってもらったとは考えられませんか」
 由里は主に陣内に向けて話した。
「そうなると、福沢は俺達に嘘をついていたということか。あいつは画像をすぐに削除したと話していたけど、実は保存していたっていうのか」
 陣内が呟く。
「えぇ、その可能性はあると思います」
 自分の考えを後押ししてもらえたことで由里は頷いた。
「それは確かに考えられるかもしれないな」
 隣では加瀬も頷いている。福沢の性格を思い返せば、この意見に納得できた。お調子者だったため、最初は怖がる様子を見て楽しんでいたのだろう。その恐怖がピークに達したところで画像を見せ、更に恐怖を煽ろうとしていたのかもしれない。しかし、そうなる前にさつきが亡くなったことで、逆に自分が恐怖に陥ることになってしまった。こんなところではないだろうか。福沢らしく狙いが浅はかだ。
「そうですよね。福沢くんと純って、割かし仲が良かったじゃないですか。よく話していたし、情報交換も頻繁にしていたので。だから、純にだけはこっそり教えていたということはありますよね。実はあの画像を持っているって。純も軽い子だったので、興味本位で送信してもらったのかもしれませんよ。そうすれば、純が犠牲になったことも説明がつきますけど」
 由里は得意げに推察した。
「そうなると、純は決して取材の勉強をしに新潟に行ったわけじゃないかもしれないですね。もしかしたら、遠くに行けば逃げ切れるかもしれないなんて浅はかな考えで行ったんじゃないですか」
 そこで平子が言った。
「そういうことだったのか。急に取材に来るなんておかしいと思ったけど」
 苦い顔で加瀨が頷く。確かに平子の言った考えであれば、説明の付く点が多い。今思えば、取材している時や情報をまとめる作業には気乗りしていない様子だった。目を輝かせていたのは、食事の時だけだったように思う。純に限っては違うと思っていたが、やはり今時の若者だったのだ。いくら重大なことでも安易にしか考えていなかったらしい。
「でも、待てよ」
 皆が深刻な顔をしている中、陣内が何かを閃いたように声を上げた。
「今の考えがもし正しければ、あの画像を純は持っていることになるよな」
「そうなりますね。ということは、もしかしたら携帯が壊れたっていう話も、画像を持っていたことが原因なんじゃないですか」
 同調しながら加瀨は話していく。
「普通、携帯が故障したのであればショップに持っていって代替品を一時的に使ったり、新品を買うはずですよ。壊れたからと言って、手にしない人なんて今時いませんよ。そうなると、純には携帯を手にしたくなかった理由があったんです」
「そうだな」
 陣内の目はキラリと光った。現代人にとって携帯は必須だ。一日どころか、一時間でもなければ不安になる人は多い。純は若者だったのだから、余計だろう。手元になかったら何も出来なかったはずだ。にも拘わらず、手にしなかったと言うことは加瀨の立てた推理以外に考えられない。純はあの画像を持っていたのだ。
「なら、純の携帯を調べたいな。いやっ、待てよ。純は会社の携帯も使っていたよな。こっちはどうなんだろ。ちょっと調べてみるか」
 思い立ったら即行動をモットーにしている男だけあり、陣内は会社が契約している携帯を調べ始めた。それは、純の遺体が発見された後、持ち物の中にあった携帯だが、事故死と断定されたことで持ち主の元に返却されていた。
「………駄目だな。ここには入っていない」
 しばらく画像フォルダをチェックしていたが、やがて陣内は首を横に振った。
「となると、やはり純の使っていた携帯が怪しくなりますね」
 加瀨が呟いた。
「そうなるな」
 携帯を戻しながら陣内が頷く。
「でも、私がさっきした話はあくまで仮定の話ですよ。大体、純の携帯があったとしても、利用者本人しか中身を見ることは出来ないわけじゃないですか。それに、遺族は処分してしまったかもしれないですし」
 由里が慌てて助言する。これでもし純の携帯に画像がなかった場合、陣内の怒りが自分に飛び火することは目に見えている。思いつきを口にしてしまったものの、それだけは避けたかった。
「それはわかっているよ。でも、可能性としてはあるわけじゃないか。その可能性を確認もしない内から放棄するわけにはいかないだろ」
 陣内は笑っている。性格を知っているため、この笑みがもっとも怖い。
「わかりました。なら、俺が確認を取ってみますよ」
 誰もが不安を覚えていたが、平子が勇気を持って手を上げた。普段であれば真っ先に目を逸らすところだが、純の両親とは面識があった。彼女の実家は飲食店を営んでいる。何度も宣伝されていたこともあり、足を運んだことがあったのだ。その際、両親とは意気投合したこともあり、顔見知りになっていた。今では月に一度は足を運んでいる。そのため、力になれるのではと判断したわけだ。
「そうか。なら、頼むぞ」
 そのことは知っていたため、陣内は大役を任せる決断を固めたようだ。頼もしい目を向けている。
「わかりました」
 やや怯みながら平子は頷く。勢いで名乗りを上げてしまったが、失敗することもある。今になって、その不安が押し寄せてきたのだ。
「よしっ、それじゃあ、そっちは任せるとしてこっちはこっちでやっていこう」
 話がまとまったことで陣内はデスクに戻り手を動かし始めた。他の従業員も同じ行動を取る。
 平子もやや遅れて自分のデスクに戻ると、受話器を手に取った。そして、純の実家へ電話を掛けていった。


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