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デジタル療法(DTx)とは何か?

前の記事の中で、日本における規制当局の承認が必要な医療機器プログラムについて説明いたしました。


上記では個別に患者に対して病気の診断や予防、そして治療を提供するSaMDについて書きましたが、本稿では特に、2021年11月現在における、

治療を目的とするデジタル療法(DTx: digital therapeutics, digital therapy)

について述べたいと思います。



1. デジタル療法・DTxという用語について

デジタル療法(DTx)とは、その名の通り

デジタル機器を用いて疾患の治療を目的とするもの

であり、最近は治療だけでなく疾患の管理や予防なども対象に広げつつあります。


また単に病気の治療を目的とすればよいというわけではなく、
科学的に効果が認められた、または科学的根拠をきちんと評価することを目的とする医学的な介入を直接患者さんに提供いたします


さらに、これまでの主に医療機関で提供される医療と比較して、
患者さんの日常生活のさなかにおいても、治療を提供することが可能
であることが特徴です。

スライド DTx その1


現在、デジタル療法を提供するプラットフォームとしてはスマホが主流ですが、
最近はVRを用いたデジタル療法も開発が進められてきています。



2. 日本におけるデジタル療法の法整備のはじまり

2014年11月、先に述べました日本再興戦略や成長戦略の内容をふまえ、
薬事法が薬機法になったタイミングで、
このようなデジタル療法を提供するアプリ単体(SaMD)も、
医療機器の範疇として組み込まれました


スライド DTx その2


これ以降、日本においてもデジタル療法に関する法整備が整う形となりました。


ちなみにデジタル療法に関する政府の方針は2021年現在も引き継がれており、2021年6月の内閣府からの成長戦略実行計画においても、

「治療用アプリ等のプログラム医療機器の開発・実用化を促進」

と名指しで成長戦略のひとつとして挙げられています。

スライド DTx その3



3. 各国のデジタル療法の法整備の状況

ここで、各国のデジタル療法に関する法規制の状況について、
その開発も盛んに行われているアメリカ合衆国ドイツについて触れます。


アメリカ合衆国でのデジタル療法、特に SaMDの規制については、最初に記載がなされたのが2013年で、その後2015年、2019年と策定・改定がなされて現在に至ります。


アメリカにおいても、規制が必要な範囲に該当するとした医療アプリは、
患者のみならず医療者側の治療に関する意思決定にも大きな影響をもたらすことが予想されるというスタンスは変わりません。


そのためアプリの精度および有効性・安全性も高いレベルで要求されることから、
FDA としては上記に該当する医療アプリは従来の医療機器と同等とみなし、
原則治験などを含む適切なプロセスを経て承認を必要とする仕組みとしています。

スライド US regulation その1


しかしながら、このような従来までの医療機器の承認を前提とした承認プロセスは、昨今の急速な進歩と変化を遂げるデジタルテクノロジーの世界に必ずしもなじむものではありませんでした。


そのため、FDAは2017年7月にDigital Health Innovation Action Planを策定し、その中でSoftware Pre-Cert Pilot Programという、従来よりもさらに迅速かつ安全に医療用アプリを医療機器として承認する新たなプログラムを策定しました。


このプログラムは、これまで個別に行っていた医療用アプリの審査・承認を、医療アプリを開発する「企業」に対してFDAがその医療アプリ開発能力・安全性等の審査を行い、承認を与えるという画期的な方法に変更しました。


これにより、FDAより承認が得られた医療用アプリ開発企業は、優先的に、かつ従来よりも少ない提出資料で、迅速に医療用アプリを市場に公開することでき、さらにアプリ公開後のリアルワールドデータの収集・解析も可能となりました。


2021年10月時点において、全部で9社(実は2017年から変わっていない)が同プログラムの承認を受けており、その企業は大手からベンチャーまで様々です。

Pre-Cert Program認証企業:
Apple、Fitbit、Johnson & Johnson、Pear Therapeutics、Phosphorus、Roche、Samsung、Tidepool、Verily

この中では、治療用アプリの開発を行うアメリカのベンチャー企業であるPear Therapeuticsが早期からプログラムに認証されていることは注目に値します。

スライド US regulation その2


さらにFDAは、2018年にBreakthrough Device Programを発表しております。

これは特にデジタル医療/SaMDに特化したものではないのですが、これは、

「致死的あるいは不可逆な障害を起こしうるよう重篤な疾患に対して、より効果的な診断や治療を行う革新的な医療機器の開発・評価・審査を迅速に行い、患者さんらびに医療関係者に速やかに医療機器を提供とすること」

を目的としたFDA伴走プログラムです。これは先程のPre-Cert Programように企業に対する申請・認定ではなく、従来どおり医療機器単位で申請となります。


この制度が良く目につくようになったきっかけはCOVID-19のパンデミックです。COVID-19パンデミック下において、主に医薬品についてはワクチンや治療薬についてアメリカにおいて緊急使用申請(EUA)が出され、マーケットに出して迅速にCOVID-19の患者さんに届けてリアルワールドデータも一緒に取得して臨床経過をフォローする、という政策が取られました。


同時に、AI医療機器やSaMDについては、このBreakthrough device programに採択されることで、有効性の評価が必ずしも申請段階で十分でなくても、安全性や最低限の機器の有効性を示すことで、現在の治療よりも効果的である可能性が高い革新的な医療機器と判断されれば、マーケットに出して実臨床の現場で使用をしながら、治験を並行して行ったり、リアルワールドデータを集めたりして本申請に向け動くことが可能となりました。


このような背景もあり、右下の図のように新規の医療機器承認数は2020年に大きく増加し、特にAI/ML医療機器の承認が進んだ中で、いくつかのSaMDも認定がなされマーケットに出てきているという状況です。

スライド US regulation その3


そして2021年現在、このような施策を次々と行っているアメリカよりもはるかに多くのデジタル療法をマーケットに出しているのが、ドイツです。


ドイツは日本と同じような公的医療保険制度を採用しており、そのような中でどうデジタル療法を普及させるかについて示唆に富む施策を行っています。



もともとEU全体のSaMDの規制は2015年前後に始まっていたのですが、それに遅れること4年の2019年11月にDigital Healthcare Act, ドイツ語の略称でDVGと呼ばれる法律が制定されました。


これは主にSaMDを対象とした医療機器の審査・承認のプロセスを示しているのですが、この制度で画期的なのは「仮償還」というシステムを採用していることです。


これは、最終的な保険償還に必要なデータのうち一番最後に取得することになる「有効性データ」、つまり検証試験・治験のデータが未だ揃わない状態でも、そのほかの医療機器安全性のデータならびにデータセキュリティなどが担保されていれば、仮償還として申請を承認し、マーケットに出してその処方に公的保険も適用されるというシステムです。


これは仮償還後の12ヶ月(ないしは最大24ヶ月)という期間限定ではあるのですが、この間にSaMDの検証試験あるいはリアルワールドデータ収集を行い、保険診療をしながら、しかも売値はSaMDの製造者が自ら設定することもでき、それでもって本申請を目指すことが可能です。

スライド ドイツ regulation



デジタル療法の開発については、最終的に「マネタイズはどうるすのか?」といったことが問題がつきまといます。しかし最後の臨床的有効性の検討は良質な医療を患者さんに提供する上で医療としては一番大事、でも開発企業としては少しでも早い段階でマーケットに出して売上のあたりをつけたいというジレンマが常にあります。


このような場合でも、仮償還という制度を用いることで、場合によりリアルワールドデータを用いて改良を重ねながら治療用アプリを本償還に持っていけるというのは、個人的にはエンジニア視点のアジャイル開発っぽいシステムなのかなと考えます。


ただ、ドイツで2021年秋現在に承認がなされている20の治療用アプリのうち、本償還に至ったのはまだ5件(25%)であり、仮償還の15件(75%)がどれほど臨床的な有効性を示して本償還に至るのかは注視する必要があります。


また、企業側が値決めができる反面、その値段は開発費の回収するためにやや高目に設定されることがあり、本当にその値段は公的な保険者が支払う額として妥当なのか?といった問題もあり、今後もうまい舵取りが要求されるものと思われます。



4. 世界でのデジタル療法の開発状況

このようにデジタル療法の法規制の経過をみてみると、
各国の医療機器プログラムに関する法整備はいずれも2013年から2017年のタイミング集中しており、日本も各国もスタートラインはほぼ同じだったと考えます。


しかし、既に市場に出ているデジタル療法アプリの規制当局承認数だけで言えば、
2021年6月現在でアメリカが9、EUが6、ドイツが13(2021年11月現在で20に増加)という数字と比較して、日本は昨年にアジア地域で初めて薬事承認・保険収載されたニコチン依存症治療用アプリ1件に留まっています


ちなみにこの各国のデジタル療法の承認数等については、
IQVIAの下記のサイトにとても綺麗かつわかりやすくまとめられています。


ドイツの承認数については、こちらのサイトの情報を参考にしました。

"To date, we have 20 DiGAs in the registry. Especially interesting is that 75% of them are listed preliminary because they do not yet have all the evidence in place, but they have 12 months to present it to be listed permanently."


もちろん、各国・各地域の法規制やデジタル療法開発企業に対する支援の状況が違うため一概に比較はできませんが、2013年の日本再興戦略で日本が掲げた

医療ICTの推進による「健康寿命の延伸」と「グローバルな市場を取りに行く」

という目的を達成しようとするのであれば、もっともっと日本におけるデジタル療法の開発は進めていく必要があろうかと思います。


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