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5月18日の日記「『鬼滅の刃』最終回の感想とか」



 今日は自分の中のニュースと世間のニュースが一致して、嬉しくなったからそのことばかり書いちゃうぞ。『鬼滅の刃』、最終回を迎えましたね。


 先週の時点で、展開的にもメタ的にも次で最終回っぽいなとは思ってて、今日は日付変わってすぐジャンプの電子版ページに飛びました。アクセス集中して全然読めなかった。深夜も、朝方になっても見れなくて、昼休みになってようやく読むことができましたね。メタ的に最終回ってのは、ジャンプは人気漫画が終わるときに最終回って明言しないケースがままあるのと(クライマックスとか表現する)、人気漫画の最終回はセンターカラーがちってやつだ。だいたい漫画の最終回は他の漫画の新連載と被っていて、終わる漫画よりも始まる漫画を大事にするというポリシーから、最終回でも巻頭カラー&表紙は新連載に譲る、的な話をどっかで聞いた気がする。そして今回も、それを貫いたのはお見事というか、呆れるというか。最終回が表紙&巻頭カラーだったら、本誌は(今にもまして)めちゃめちゃ売れただろうに。でも合理をものともせずにそういった美学を持ち続けられるのは、素直にカッコいいなと思えるな。ジャンプにはいつまでもそうあって欲しいですね。




 鬼滅の刃、本格的に読み始めたのは3巻が出始めた頃。本誌で初めて善逸が出てきて、そのキャラクターの強烈さに惹かれコミックスを買い始めた。こいつ古参アピールしてんのか? と思ったそこのあなた。そうですけど、なにか?  こういうのは自分から言っておかないと、誰も気づいてくれないから……

  とはいえその時点で、鬼滅はそこそこ注目されていたと思う。「俺は結構好きだけど、皆はこの良さに気付かんだろうな~」と皆が思っている感じ。3巻発売時に買ったときに1、2巻も揃えたいなと思ってたけど、どっちも何軒か本屋回ったけど見つからなかったんですよね。今チェックしたら自分の鬼滅は1、2巻だけ2刷だった。なんで本当の初期の初期、コミックスも出てない頃から打ち切りルート行かないよう毎週必死でアンケートを送っていた”本物”の古参ファンの方たちには、本当に頭が上がらないです。……とはいえ、それなりに昔から読んできた鬼滅の刃が、だんだんとジャンプの看板漫画になり、アニメになり、社会現象レベルの超人気漫画になって、人気絶頂のうちに最終回を迎える。なんだか、不思議な心持ちです。


 あ、これから雑に最終回の感想書くんで、ネタバレ嫌な方は見ないでちょ。













 ……書きます。


 最終回の舞台は炭治郎たちが無惨を倒し、鬼がいなくなった現代。そこには炭治郎たち鬼殺隊の血を受け継いだ(あるいは、転生した)と思われるキャラクターが多数登場する。鬼殺隊が作った鬼のいない世界で、人々は皆平和に暮らしてますよ、的な終わり方。一見、最終回あるあるのファンサービスマシマシの、大団円エンドのように思えてしまうけど、実態はけっこう違うんじゃないな、と自分は感じた。……だって、時代が現代に移ったってことは、元の主要キャラは全員死んだってことですからね(愈史郎除く)。


 そりゃどんなイケメンキャラだって40年経てばおじさんになるし、小学生のキャラクターも80年も経てば老衰する。でも、そういう事実を忘れたふりして、一番輝いている時間だけを切り取って固定できるのがフィクションじゃないですかそれを鬼滅をしなかった(物語の展開的にできなかった、という面もあるだろうけど)。すごいのは、物語の中で死んだキャラ、誰かの犠牲(言い方はアレですが)の上で生き残ったキャラっていうのが、何人もいて。そういう凄絶な命のやり取りがあったにも関わらず、まあ100年後には皆死んでますよ、っていう。そういう言い方はしてないけど、そういう事実を明確に提示した訳じゃないですか。それを踏まえると、この漫画のキャラクターの命の価値をどう捉えるか、っていうものさしが揺らいできませんか?


 ……いや、本質的には揺るいでないんですよ、コレが(一人で問いかけて一人で否定してらあ)。この作品は一貫して「個として永遠を生きる鬼と、命を繋ぐことで永遠を生きる人間」という対比がなされていて。自分が死んでも、誰かが想いを継いでくれる、という思想は鬼殺隊の皆が持っていたんですよね。そういうテーマを掲げ続け最終回、現代に時間を飛ばして元の時代のキャラクターを全員殺し(これも言い方アレだけど)、それでも人はみな強く、幸福に暮らしているっていうのを描写するのは、これ以上ないほど強烈に『鬼滅の刃』という作品を象徴した終わり方に思えました。良くも悪くも個の命は些細な問題で、それが繋がれていくことに本質があるという。この思想、すごい道徳的に見えるけど、実践するのは難しすぎますよね。鬼でなくても普通の人なら、「自分の命が一番大事、自分が死んだあとのことなんぞ知ったこっちゃねえ」って思っちゃいがち。そりゃ無惨も鬼殺隊のやつらに「お前らは異常だ」って言いますわ。子孫・生まれ変わりのキャラクターの幸せが肯定的に描かれているのは、かつての鬼殺隊のキャラクターがいかに気高かかったか、の裏返しにもなると思います。




 ……『鬼滅の刃』にはまだまだ語りたいことがたくさんあるけど、これ以上書くと日記の範疇を超えてしまうのでまた今度の機会にします。あ、最後に一つ。この最終回には色々な意見があるみたいですけど(自分でも詳しく調査したわけじゃないから、はっきりしたことは言えませんが)、もちろん自分も最終回含め『鬼滅の刃』のすべてに納得がいっているわけじゃないです。というか、今まで触れてきたすべての作品に、それがどれだけ面白く、どれだけ感動的であろうとも一つくらいは「あれ?」と思う点がある。世の中に完全無欠のものなんてそうそうないですから。そんなとき、「作品に裏切られた」と思うと、辛くなる。だから自分は、「もっと作品を信じてみる」という姿勢を取るようにしています。自分の節穴の審美眼よりも、今まで自分を楽しませてくれた作品の方を信じてみる。「ここはもしかして、こういう意味もあるのかもしれない。そう考えたらなるほど、納得できなくはないな」と、できるだけ肯定的に考えてみたりして。それが深読みだったとしても、自分を納得させられたのであれば、作品も自分自身も守られたことになるんじゃないか、と思ったりもするのです。






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