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むかぁし、昔……経理は狂犬だった

その昔、会社の経理課は怖かった。
今はそうでもない気がする。

髪を振り乱してキーボードを打ちまくり、奇声を上げて封筒に書類を入れていた女性が、そのソフトを使うようになってからは優し気に微笑みながら同僚へ手作りクッキーを配っている……といったCMが最近流れているが、本当にひと昔前の経理課はどこでも恐ろしかった。

友人のMちゃんには経理課……と言えば思い出す顔がある。
ショートカットで細身。その女性はいつも怒っていた。
笑顔を見たことはなかったし、朗らかに周りと会話する場面に出くわしたことも無かった。

経理に提出する書類について何か聞きたいことがあっても、彼女に聞きに行くなどはもっての外で、周りの先輩や同僚などに聞くのが当たり前だった。
彼女はよく怒鳴っていた。
遠くで彼女の怒り声が聞こえて振り向くと、その周りの人の怯えた顔が見えた。
怒られている人は青ざめて小さくなってしょげていたり、
勇ましく逆ギレして言い合いになっていたりした。
それを見る度、あ~あ、可哀そうにナァ~とMちゃんは思っていた。

殺気だっていた。
近付くと噛むのではないかと思われた。

ある日のこと、仕事を終え会社を出たMちゃんが駅に到着すると、改札付近が何やら騒がしかった。
ふと見ると、その経理の女性である。
周りに駅員がいて全員、困っている。

Mちゃんはこっそり、様子を伺った。

経理課のその彼女は改札機に何故か社員証を通してしまったらしく、それが詰まってしまって出ないようだった。

経理の女性は本当に恥ずかし気に困っていた。

『何だ、わたしと似たところもあるじゃないか!』

……と、Mちゃんは俄然、親近感が湧いたそうだ。
(Mちゃんは買い換えた新品の定期入れの中に入っていた厚紙を改札機に通して改札機を詰まらせたことがある)

その時の経理の女性の姿は、本当の素(す)の彼女だった。
思ってたよりも若かったことに気付いたし、ちょっと可愛く見えた。
よっぽど急いで慌てていたのだろう。仕事終わりでへとへとだったのかもしれない。

後になって、彼女が女手一つで小さな子供さんを育てているということを聞いた。
会社の大切なお金を扱う経理の業務に携わる中、気概もあっただろうし、神経を尖らせる厳しさも彼女には必要だったのだ。

時代は変わり、費用請求もかなり楽になった。

でも、同僚に手作りクッキーなんで配らなくていいから、家族でおいしいものでも食べて笑ってくれているといいな、とMちゃんは思っている。

……いざや楽しき、まどいせん ♪

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