天才と変態と凡人の重心。
何でもいいので,1つ数を思い浮かべて欲しい。
0以外なら何でもいいが,計算が簡単になるように一桁の整数くらいがいいだろう。
では思い浮かべた数字に順番に以下の操作をしてほしい。
①思い浮かべた数に2を足す
②①の答を5倍する
③②の答から10を引く
④③の答えを最初に思い浮かべた数字で割る
④の答の数字は5になるはずだ。
少年野球のコーチが休憩中の小学生たちを集めて,そんな計算をさせていた。大人数でやって,みんな一斉に答を当てられて,スゲーとなっていた。
思い浮かべた数をnとしよう。
①の答はn+2 ②の答は5n+10 ③の答は5n ④はこれをnで割るので5
なんだ,当たり前じゃんと思って翌日から途中の計算を色々変えて自分が出題者になった。初めて種を見破ったマジックだ。
次は,少し計算をしてみてほしい。
連続する自然数の平方の差は,常に元の自然数の和になっている。
例えば,25×25=625,24×24=576 で,625-576=49=24+25 となる。
たまたま成り立つところを選んでいるわけではない。
11×11-10×10=121-100=21=10+11
2×2-1×1=4-1=3=1+2
そんなの当たり前だろ,と思った人もいるはずだし,え,何それ不思議,と感じた人もいるかもしれないし,連続する自然数とか言われた時点で心をシャットダウンしてしまう人もいるだろう。
僕は小学生の頃眠れぬ夜に平方数を小さい方から順に唱えているときに気づいてびっくりした。
しかし,これも種明かしをすれば,大したことではない。
(n+1)^2-n^2=2n+1=n+(n+1)
がどんなnに対しても成り立つ,ということを言っているに過ぎない。
僕は幼い頃から数字には強い方だった。
自分より暗算が速い人はほとんど見たことがない。
ちなみに算盤はやったことがない。
計算力の基本は暗記とパターン化による効率化だ。
11×12を計算しなさい,と言われたら皆さんはどう計算するだろうか。
僕は132と覚えているが,そういう人の割合はどのくらいだろう。
120+12あるいは110+22と計算する人もいるだろう。
もちろん小学校で習ったように筆算ができれば正しい答えは出る。
しかし,それは九九さえ覚えていれば誰でも計算ができるようになる方法である一方で,最速の方法ではないこともある。
50×40はほとんどの人が暗算できるだろう。
では35×14は?
これは筆算し出す人が出てくるはずだ。
35×2×7=70×7=490と計算した方が速い。
5の倍数と偶数はかけて10の倍数になるから計算が楽になる。
このくらいまでは同じように計算している人が多いだろう。
では17×24はどうだろう?
少し計算が得意ならば,17の段を覚えていて,340+68と計算する人が多いだろうか。
17×3×8=51×8=408 あるいは 17×6×4=102×4=408 のようにしてもいいと思う。
37×27は?
37の段は僕もさすがに覚えていないが,これは特殊な数字だ。
37×3=111になる。
これを覚えていれば 37×3×9=111×9=999 としてしまうのが速い。
頭の中ではまず素因数分解していて,暗算しやすい形にグループ分けしている。
10の倍数は計算しやすい,と同じ感覚で,102とか111とか201とかはそれぞれの桁の数が小さくて暗算しやすかったり,間に0が入ってるおかげで2桁との掛け算が楽になる,ということを経験で覚えている。
だからそれらの約数が入る計算では,計算しやすい形にならないか,ということに目が行く。
例えば67×54=67×3×18=201×18=3618とか。
そもそも素数どうしのかけ算だと素因数分解の再グループ化はできないが,それでも工夫はできる。
例えば,先ほど書いた平方の差に変形するパターンだ。
29×31=(30-1)(30+1)=900-1=899
数が大きくなっても
83×77=(80+3)(80-3)=6400-9=6391
平方数を暗記していれば,10の倍数以外のところを基準にしても使える。
37×29=(33+4)(33-4)=1089-16=1073
偶奇が一致する2数のかけ算なら全てこの平方の差に帰着できる。
パッと見で工夫の仕方が思いつかないときは,普通にかけ算,というか整式のつもりで展開する。
92×73=(90+2)(70+3) =6300+270+140+6=6716
数が大きくなると足し算を間違えやすいので例えば89×79は
(80+9)(70+9)=5600+720+630+81=7031
とするよりも
(90-1)(80-1)=7200-90-80+1=7031
のように引き算しにした方がミスは少なくなる。
そんな計算,電卓でやればいいじゃない,という声が聞こえてきそうだ。
確かに,社会に出て暗算能力が問われることなんて皆無だ。
しかし,ポイントはそこではない。
数字や暗算は僕が得意な具体例に過ぎない。
教えられたやり方を,与えられたマニュアルを,検証もせずにただ踏襲しているだけでは勿体ない。
なぜ,そのやり方なのか?
なぜ,そう教えるのか?
なぜ,そうできるのか?
それらを問い直し,分析しよう。
もっと効率よく,速くやる方法はないのか?
もっとミスが減る,確実な方法はないのか?
もっと細分化して,個別に最適化することはできないのか?
結果として,やはりそれがベストで,現時点ではこれ以上工夫のしようがない,という場合ももちろんあるだろう。
それでも考えておくべきことはある。
現状において,何が限界を決めているのだろう?
どんな革新がもたらされれば,飛躍的に効率が上がるだろう?
そこまで考えて,革新の時を待ち,チャンスに適切に行動を起こせば,新しいシステムを作ってその分野を席巻することができるだろう。
僕は,主に大学受験向けの塾と予備校で物理を教えている。
ある時生徒が質問に来た。
「先生,この問題1.505の2乗引く1.495の2乗って計算が出てくるんですけど,これって普通に計算するしかないですか?」
問題自体は物理の問題で,本筋とは関係がない具体的な計算の部分だった。
もちろん,そのまま筆算で計算していたら大きなタイムロスだ。
(1.505+1.495)(1.505-1.495) =3.0×0.01 =0.03
とするのが速い。
その生徒はえらく感動して帰っていった。
何とか工夫できないか,もっといい方法はないのか,本当にこれでいいのか,そう自問自答できる生徒は伸びると僕は思っている。
大学の研究室に所属していた頃,ずいぶん年下の同期と就活の話になって,どこかの会社の採用試験の問題を出されたことがあった。
「即答してくださいね」
「いいよ」
「3599は素数か否か」
「(考えながら)素数ではない」
「理由は?」
「3600-1だから61×59」
「変態か!」
準備ができていると,不思議と力を発揮できる問題が降りかかってくるものだ。
ちなみに僕は就活をしたことがない。
昔,ラマヌジャンという数学者がいて,とんでもない天才だったそうだ。
数学的な業績は難しすぎて僕には理解できないが,印象に残った有名なエピソードがある。
ラマヌジャンは病弱で入院していたのだが,見舞いにきた数学者が言った。
「タクシーの番号が1729だった。つまらない番号だ」
ラマヌジャンは少し考えて言った。
「そんなことはない,2つの立方数の和として2通り以上に表せる最小の数です」
1729=(1の3乗)+(12の3乗)=(9の3乗)+(10の3乗)
ということである。
これが本物の天才なのか,と初めて聞いたときは僕も思った。
やはり数字と友達なのか。
友達が無限にいて楽しそうだと。
調べてみるとこのエピソードには続きがあった。
見舞いにきた数学者が重ねて聞いたらしい。
「同じような数は,4乗数でもあるのか?」
ラマヌジャンはまたしばらく考えて答えた。
「あると思うが大きすぎてわからない」
数字に対する感覚には個人差がある。
「30=2×3×5」くらいの感覚は大体の人にあるだろう。
みんな九九を習うからだ。
それと同じような感覚で,ラマヌジャンは
「1729=(1の3乗)+(12の3乗)=(9の3乗)+(10の3乗)」
まで達していたのだろう。
普通の人は「3599は素数ですか?」といきなり聞かれても困る。
ラマヌジャンも2つの4乗数の和として2通り以上に表せる最小の数が
635318657=(133の4乗)+(134の4乗)=(59の4乗)+(158の4乗)
までの感覚はなかった,ということなのだと思う。
当たり前だけど僕は調べて書きました,念のため。
友達の少ない凡人の僕が問題をつけ足そう。
2つの立方数の差として2通り以上に表せる最小の自然数は何だろう?
今書きながら思いついた問題で,僕もまだ答は出してない。
しかし,少なくとも728以下だ。
728とはどこから出てきた数字だろう?
考えてみよう,新しい何かが見えてくるかもしれない。