答がついてない問題集。


自己紹介がてら,過去日記。

――――(2018/05/14)――――

4月の半ばから予備校の方も授業が始まった。最近は週30時間くらい働いている。久々に1日で80分授業を6コマやった日は疲れ果てたけれど,1か月経ってだいぶ体も慣れてきた。

30時間というのは純粋に生徒の前に立って授業をしている時間だ。大体は立ちっぱなしで,喋っているか書いてるか。頭を使うことはほとんどないけれど,体は結構疲れる。休憩しつつ80分を1日3コマ,週5日,くらいが理想だ。10年後くらいにはそうなっていたい。いかに収入をキープして仕事量を減らすか。この先の人生の最大のテーマになるかもしれない。

今の部屋に引っ越して間もない頃に,ソファーとエアコンの搬入を弟に頼んだ。商売柄,僕の部屋の本棚には大学受験の参考書やら問題集が並んでいる。それを見た弟が,浪人時代を回想して言い出した。

「答がある問題を解いてればいいだけなんて,今思えば楽なもんだよ」

現在進行形で僕は全く同じ感想を抱いている。さらに言えば,それを教える仕事はもっと楽だ。1科目だけを,適切な順番で説明できればいい。生徒にわかるスピードで,ゆっくり問題を解いて見せればいい。色々な科目をインプットし,問題を制限時間の中で解くことを求められる受験生よりよっぽど楽だ。資格が必要なわけでもない。特殊な道具もいらない。10代までに受けた教育のほんの一部を見やすくしているだけの仕事だ。

こんなに楽でいいのかな,と思う一方で,こんなに楽なことが仕事として成立する理由もよくわかる。生徒は答えが出せればいいが,教える方は答えの出し方を説明できなければいけない。その説明が出来るためには,分野全体を構造化し,体系的に知識を整理しなければならない。生徒は教科書を読んで理解できればOKだが,教える方は教科書が書けなければダメなのだ。全体を俯瞰する望遠鏡と,パーツを見る虫眼鏡と,細部を観察する顕微鏡をあわせ持ち,自由自在に分解・組み立てをしながら,それを上手に見せられる。自分自身どこまで出来ているかはわからないけれど,目指すべきはそういうところだと思っている。

何を教えるにしても,そこまで到達するにはある程度時間がかかる。当然,教えることを教えるのはさらに難しいので,教えられる人はなかなか増えない。逆に,自力でそこまで達する人は,さらにその先を研究しようとするので,教える方に向かいにくいという面もあるだろう。受験で一生懸命勉強しても,時間が経てば入試問題の解き方なんて確実に忘れる。とにかく構造的にライバルが増えにくい。それでいて,教えるべきことは全く変化しない。怠惰な僕にうってつけの仕事だ。

時代とともに社会は変化していくし,同じ会社,同じ部署にいても立場によって仕事の内容は変わるだろう。新しいことを始めれば,何をどうやればいいのか,全て手探りで進んでいくしかない。学問は完成された部分だけで問題を作れば,必ず答がある。現実に起こる問題・課題はそうは行かないが,答らしきものを追い求めていく過程で重要な能力はそう変わらない。問題の概要を見渡し,細部まで観察し,全体の構造を掴む。それができれば自然と削るべきところ,補強すべきところは見えてきて,完璧にはならなくてもあるべき姿には近づけられる。そうやって答のない問題と戦う人たちのおかげで,社会は発展していく。我が弟にも頭が下がる思いだ。どんな葛藤があるのか,全く知らないが。

相手にする問題が大きくなればなるほど,これを一人の人間で行うのは困難で,集団を作って協力する必要が出てくる。扱う問題が大きくなるほど,視点と視野によって像が全く変わってしまう。望遠鏡しか持たない人と,顕微鏡しか持たない人では話が噛み合わなくなる。それでなくても,価値観という人それぞれ異なる眼鏡をかけているのだ。一般に言われる仕事の大変さとは,こういうところから生じるのかな,と想像する。できることなら,僕はこれからも無縁でありたいものだ。

先日,成人した元教え子たちと集まって飲む機会があった。6人集まって浪人も留年もしていないのが1人しかいなかった。先が思いやられる。1浪2留1休の僕が言っても説得力に欠けるだろうが。

「やっぱりヒモこそ男の夢ですよね?」

ちょうど大学に復帰して卒業を目指していた頃の教え子たちで,なれるものならヒモになりたいと思っていた時期だったので,生徒の前でもそんな発言をしたかもしれない。最近は生徒の前では真面目なフリをしているし,聞かれて気づいたのだが,ヒモになりたいとも思わなくなった。思っていたほど働くことはストレスにならず,思っていたほどお金を稼ぐのが大変ではなかったからだ。もうヒモになって誰かに気を遣う方が今より遥かに面倒で,リスクも大きい。これは成長だろうか。クズに磨きがかかっただけだろうか。いずれにしても,そう思える仕事と出会えたこと自体は幸運だった。そんな風に真面目に答えていたら

「いくら稼いでるんですか?」

と聞かれて,下手に誤魔化すよりはいいか,と思って素直に答えてしまった。どんな仕事でどのくらい稼げて,どんな生活にどのくらい費用がかかるのか。人生でこんなに大事で,こんなに人に教えてもらえないこともなかなかない。そのせいで僕も働きたくない,ヒモになりたい,なんて思っていたわけだ。大人同士で話すことではないと思うけれど,学生にはきちんとデータを公表するべきだろう。年次ごと,役職ごとの年収の分布なんかを公表している企業ってどのくらいあるのだろう?ウェブテストの代行くらいでしか就活に関わったことがないし,かといって大学院まで行って研究したわけでもない。もう僕が彼らに教えてあげられることはほとんどない。また集まった時に,それぞれが進んだ先で見たものを教えてくれたら嬉しいが,そんな時間も惜しんで,世界の発展のために答のない問題と戦っていてくれたら本望だ。

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