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人生初のアイドルライブで当面の研究テーマが決まった話

最近、アイドルライブなるものに生まれて初めて足を運んだ。

半年ほど前からライブに音源を提供させていただいている、アイドルの浅田まい子さんの生誕祭にお招きいただいたためである。
自宅のPCで孤独にポチポチ作った音源が、会場のスピーカーから爆音で流れ、それに合わせて楽しそうに歌う姿を見てとても幸せな時間だった。

その日は浅田さんの他に数組のアイドルが出演しており、全編で6時間ほどのステージだった。
筆者はこれまでアイドル文化というものと密に接したことはなく、ライブの現場に足を踏み入れることなど生まれてこの方一度もなかったが、「アイドルっていいな~~~~」という気持ちになった。

アイドルはすごい。ただ歌って踊るだけではなく、文字通り自身を偶像として、推されるためのキャラクターを表現している。彼女らを見ていると、無条件で元気が出てくるような気がするのだ。
不景気な時代こそアイドルが多く生まれる」と言った経済学者もいたが、納得だ。日本の未来はWow Wow Wow Wowなのである。
そこにあったのは、紛れもないエンターテイメントであり、純然たる自己表現であった。

そんな感想と同時にライブハウスの隅っこで考えていたことがある。
アイドルの網羅的な通史って見たことないなあ」だ。
日本のポピュラー音楽を語るうえで、アイドルは非常に大きなファクターといえる。
にもかかわらず、アイドル史を網羅的に俯瞰できる文献は存在しないと言っていい。


学生時代、日本の近現代史を専攻していた。

なかでも専門としていたのが、戦後日本のポピュラー音楽である。
ブギの女王として一世を風靡した歌手・笠置シヅ子について卒論を執筆した。

――と書くと、あたかも学問に励んでいたように見えるが、決してそんなことはない。
そこそこに学んで、大いに遊ぶ。どちらかと言えば不真面目な学生生活だった。

そんな筆者だが、大学を卒業した現在になって、アカデミアの楽しさに気づいた。
最近は貪るように本を読み漁る日々を送っている。

目下の関心は日本のポピュラー音楽史にある。
戦後の混乱期から昭和歌謡、シティポップ、渋谷系…と連綿と続くその流れでアイドルが語られることはあまりない。
日本のアイドルは、それだけで独立した一つの文化を構築しているのである。

しかし、アイドルの通史が存在しないというものも、また不思議である。
各論に着目した先行研究は多い。主だったものを見てみよう。


太田省一『アイドル進化論』(2011年、筑摩書房)

「アイドル通史」というテーマとしては本書が一番近いかもしれない。高校球児に端を発するアイドル論という点で目は引くが、アイドルという語が指し示す範囲が不明瞭で、全体的に論がぼやけている印象が否めない。
トピックがかなり断片的であり、一貫したナラティブが見えづらい。
太田に関しては次の『平成アイドル進化論』をはじめ、優れた著作が多いだけに残念である。
一方で、初音ミクにまで論が飛んでいる点は素晴らしい。本書が刊行された2001年1月は、「千本桜 feat.初音ミク」(黒うさP) のリリース(2011年9月)よりも前である点を考えると、先見の明があると言わざるを得ない。


太田省一『平成アイドル水滸伝』(2020年、双葉社)

「宮沢りえから欅坂46まで」という副題の通り、平成という時代に限定し、さらに宮沢りえや椎名林檎、広瀬すずなど、アイドル以外の女性芸能人たちも、アイドルの文脈で論じた意欲作。
グラビアアイドルにまで話が及んでいる文献は大変珍しい。
なお、本書で扱われているのは女性アイドルのみである。


矢野利祐『ジャニーズと日本』(2016年、講談社)

ジャニー喜多川の生誕からSMAP解散騒動までのジャニーズの歩みを、骨太な音楽批評とともに辿る力作。
ジャニーの性加害問題が表面化し、ジャニーズ事務所が解体となった現在に読むと複雑な気持ちだが、ジャニーズの歴史を検証する上では欠かせない一冊である。


笹山敬輔『幻の近代アイドル史』(2014年、彩流社)

少し毛色の変わった一冊。
一般的なアイドル史は、南沙織を祖とするものである。南がメディアで初めて「アイドル」と呼ばれた人物とされているためだ。
しかし本書では、その定義を「現在でいうアイドル文化のような実態を伴った女性芸能人」と拡げることで、近代日本に存在した「アイドル」を発掘したものだ。
幕末の女義太夫などがこれにあたり、今でいう「追っかけ」や「ヲタ芸」などが存在したという。読めば読むほど「今と一緒やん」と思えて面白い。

他にも、未読のものを含めると文献は膨大にある。
アイドル史にこだわらず、アイドル文化を対象とするものも含めると、その例は枚挙にいとまがない。


先行研究において、一般的に捉えられているアイドルの"正史"とは概ね以下の通りだ。

【女性アイドル史】
1970年代、「アイドル第一号」と言われる南沙織を皮切りに、「新三人娘」と呼ばれた天地真理小柳ルミ子らが登場。以降ソロアイドル歌手が多くデビューするが、なかでも「花の中三トリオ」の一人である山口百恵がトップスターとして君臨する。
1980年代になると松田聖子中森明菜が登場。若年層に向けた歌謡曲でヒットし、「アイドル」というモデルが確立する。さらに、フジテレビの「夕やけニャンニャン」から誕生したおニャン子クラブが人気を博し、元祖・大人数アイドルグループとなった。
1980年代末期に「夜のヒットスタジオ」「ザ・ベストテン」「歌のトップテン」などの人気音楽番組が相次いで終了すると、従来のアイドルは活動の場を失った(この時期は一般に「アイドル冬の時代」と呼ばれる)。
1990年代につんく♂プロデュースでデビューしたモーニング娘。が登場すると、アイドルは再び市民権を取り戻し、2000年代には独自ビジネスモデルで売り出されたAKB48が台頭。「ヘビーローテーション」の大ヒットやももいろクローバーZのブレイクをきっかけにアイドル市場が急速に活性化し、混沌を極める「アイドル戦国時代」に突入する。

【男性アイドル史】
1962年、ジャニー喜多川が創設したジャニーズ事務所よりジャニーズがデビュー。歌って踊る青少年グループという、今までにない形態の芸能人が登場する。
次いでフォーリーブス郷ひろみ近藤真彦などがデビュー。少年隊光GENJISMAP関ジャニ∞Snow Manらに至るまで、男性アイドル市場はジャニーズ事務所の独占状態であったと言える。
ジャニーズ以外の男性アイドルとしては、西城秀樹羞恥心JO1などの他、LDH Japan系列のグループが挙げられるが、これらを対象にした研究はあまり存在しない。
2023年にジャニー喜多川の性加害問題が表面化すると、ジャニーズ事務所は株式会社SMILE-UP.へと社名を変更。所属タレントは新会社・株式会社STARTO ENTERTAINMENTへ移籍した。


ざっとこんな感じである。

これを見て、色々な疑問が湧いてきた。これはそのまま、先行研究における”穴”であり、アイドル通史の構築にあたっての懸案事項と言えるだろう。


男性アイドル史と女性アイドル史は区別するべきか

一般的に、男性アイドル史と女性アイドル史は別の流れとして語られるが、これは「アイドル通史」として適切だろうか。
これに関しては色々考えた結果、区別するべきというのが現時点での結論である。
アイドルはその性質上、性愛という要素と密接に関連する。結果として、産業構造としても男性アイドルと女性アイドルは市場が明確にわかれており、通史構築の上でも、その性別による区分は必要であるように思う。

アイドルをどう定義するか

これは種々の研究でも悩みの種となっているところである。
筆者の感覚だと、SPEEDはアイドルである。しかし、MAXはどうかと聞かれると微妙である。TRFはアイドルではないように思うが、この三者の違いを問われると難しい。
EXILEはアイドルか?DA PUMPはアイドルか?広末涼子は?チェッカーズは?森高千里は?Pafumeは?
アイドルの拡張された概念として、初音ミクらバーチャルシンガー、インフルエンサーやVtuberなど配信活動出身者、μ'sら声優ユニットなども挙げられるだろう。
これらの動向のどこまでを「アイドル史」に含めるか、慎重に考えなければならない。

さらに類種の悩みとして、アイドルではあるが、一貫したアイドル史観での位置づけが難しいものがある。グラビアアイドルご当地アイドルなどだ。
「アイドル」という語の拡張により生まれたこれらのジャンルをアイドル史のなかでいかに扱うかが難しい。

2010年代以降の諸派をどう位置付けるか

特にアイドル戦国時代以降、多くのプロダクションがアイドル市場に参入し、正史から溢れる諸派が誕生した。これらの諸派をどこに位置付けるかが難しい。
たとえば、でんぱ組.inc虹のコンキスタドールらディアステージ系や、BiSBiSH豆芝の大群らWACK系、=LOVE≠MEら代アニ系、ももいろクローバーZを擁するスターダストプロモーションの超ときめき♡宣伝部など。さらに、一定の系列に属さないゆるめるモ!ラストアイドルfemme fataleFRUITS ZIPPERぜんぶ君のせいだ。らも挙げられる。
もっとも、多くの先行研究はアイドル戦国時代の最盛期であった2010年~2014年頃に集中しており、これらの諸派をキャッチアップできていないのは致し方ないと言える。

男性アイドル史をいかに捉えるか

前述のように、男性アイドル市場はジャニーズ事務所の独占状態であったと言っていい。そのなかで、他の男性アイドルを交えた歴史観をいかに見出すか。これは先行研究がほとんどなく、ゼロからのスタートだろう。
男性アイドル史の総合的な研究としては、太田省一「ニッポン男性アイドル史」(2021年、青弓社)が辛うじて挙げられる。これは男性アイドルのモデルを「王子様系」と「不良系」に大別することで一貫したナラティブを見出すという意味では研究として大いに価値があるが、アイドルの定義を俳優やバンドなどへかなり拡大して捉えている面があり、これをそのまま採用するには留意が必要である。

ジャニー喜多川の性加害問題をいかに扱うか

昨今社会問題となっているジャニー喜多川の性加害問題は扱わざるを得ない。
しかし、この問題をアイドル史のなかでいかに位置付けるかというのは難しいところである。
卑劣な性加害は当然許されざるべきものではあるが、その実態や規模はアイドル史に直接関連するものではない。
こと今回の研究においては、一連の問題とそれに関連して表面化したジャニーズ事務所の体制が、アイドルという産業や市場に与えた影響が肝要だ。具体的には事務所の圧力による市場の独占や、2023年以降の業界の動向などである。
一方で、稀代の芸能プロデューサーとしてのジャニー喜多川にも触れなければいけないのが難しい。一代でジャニーズ帝国を築き上げたその点に限って言えば、これは芸能史に残る偉業である。ジャニー喜多川の光の側面に焦点を当てることが、現時点で適切なのか。歴史の審判を受けるにはまだ早いのではないかとも思う。

アイドル前史をいかに扱うか

前史の扱いもなかなか難しい。アイドル史の祖は「アイドル第一号」こと南沙織であるというが、これは本人が「アイドル」という文句で売り出された最初の人物だったとされていることに由来する。
アイドルの定義を拡大的に捉えて、幕末期から戦前までの女性芸能人を扱ったのが、笹山の『幻の近代アイドル史』である。
本書は先行研究として十分に有意義なものであるが、近代に限定した研究であるため、アイドル前史を考えると決して十分とは言えない。戦後期のアイドルは先行研究のデッドポイントとなっているのだ。

たとえば、戦後間もない時期に発表した「リンゴの唄」が大流行した並木路子は、一般的には歌手・女優と捉えられる。しかし、永峯重敏によると、人気歌手となった並木は全国の劇場を巡り、「リンゴの唄」を歌いながら赤いリンゴを客席に配るというパフォーマンスを行っていたという。これは見方によってはアイドル的ではないだろうか。
さらに、「東京ブギウギ」で一世を風靡した笠置シヅ子は、舞台上での踊るようなパフォーマンスで人気を博したとされている。声楽出身でない彼女の歌声は決して綺麗な声ではなく、むしろ「ダミ声」であったと評されていることは、「『魅力』が『実力』に優る」ことをアイドルの要件とした香月孝史の論に当てはまるだろう(香月2014、P,31)。
こうした時代についても、アイドル史の文脈で捉えられる部分は、あくまで前史として考えたい。

K-POPをいかに扱うか

今回の研究対象はあくまでも、日本のアイドル史であるため、海外のアイドルは基本的には扱わない。
しかし、近年はK-POPアイドルと日本のアイドルの垣根が曖昧になっていると言っていいだろう。元HKT48のメンバーで、現在は韓国のアイドルグループLE SSERAFIMに所属する宮脇咲良などがその好例である。
宮脇も所属したIZ*ONEを始めHi-Fi Un!cornなど、日韓合同で結成されたアイドルグループも少なくない。
さらに、文化交流という面においてもその結びつきは強く、そもそも韓国の歌謡界は日本の昭和歌謡に牽引されてきた経緯がある(この辺りは山本浄邦の著作に詳しい)。一方でSnow Manの楽曲などはK-POPの影響が顕著である。
K-POPのプロダクションは日本をマーケットとして明確に捉え、多国籍展開を積極的に行っている。Japanese ver.の制作などもその施策の一つだ。
日本と朝鮮半島は、考古の時代より文化交流を続けてきた。ポピュラー音楽産業もそうした文脈で捉えられるはずである。


と、こんなところだろうか。
恐らくこの手の問題は研究を進めるうちにどんどん出てくるだろう。


というわけで、アイドル史の研究を真面目に始めてみようと思う。研究成果はこのnoteで何らかの形にして発表する予定だ。
正直、どれほどの時間がかかるかわからない。普通に1年以上かかるかもしれないと思っている。手始めに作成した先行研究リストは、書籍だけで70冊を超えてしまった。大学の卒論よりも真面目に取り組んでいる。

人文系の研究では、まず先行研究リストを作るよう教わる

曲がりなりにも歴史学を修めた身として、「通史」という言葉が学問上センシティブな用語であることは理解しているつもりだ。偉大な先人研究者諸兄に喧嘩を吹っ掛けるつもりは毛頭ない。
ここでいう「通史」とはあくまで便宜上の言葉であり、「前史から執筆現在までのアイドル史を概観できる地図を描こうとしている」と思っていただきたい。


さて、これからやりたいこととして決意表明を済ませたところだが一つだけ、何よりも大きな問題がある。
それは筆者自身がアイドル文化に明るくないことだ。
ミュージシャンという活動柄、意識的に雑多なジャンルの楽曲を聴くようにしているため、多少の知識は持ち合わせている。しかし、リスナーとして特定のアイドルを推したり、活動を追っかけたりという経験はない。

アイドル史の網羅的な研究を行う以上、古今東西のあらゆるアイドルに精通する必要がある。さらに、推し文化、ファン心理、産業や市場の構造など、アイドル文化を取り巻く様々な要素についても知る必要があるだろう。

そこで、アイドルに関する有識者の協力を広く募りたいと思う。
市井のアイドルファンはもちろんのこと、現役で活動するアイドルの方や業界関係者、かつてアイドル産業に身を置いていた方にもご協力をお願いしたい。あわよくば、アイドルを対象とする評論家や研究者の諸先生方にも届いてほしい。

なにもアイドル全般に精通している必要はない。「自分はハロプロのオタクだ」「ゆるめるモ!が好きで自身も地下アイドルとして活動している」など、何でも結構である。
もしもご協力いただけるようであれば以下までご連絡をいただきたい。

X(旧Twitter):@nomu_engeki
instagram:@nomu_engeki
Mail:lict.nomura(アット)gmail.com
(野村の個人的な友人知人はLINEとかでも大丈夫です)

※アイドル史研究にご協力いただける旨と、ご自身の得意分野など(あれば)をご連絡くだされば、野村より返信差し上げます。

風呂敷を広げすぎてしまった感は多分にある。「アイドルの網羅的な通史」と大見得を切ってしまったが、最終的には研究対象を狭めざるを得ないかもしれない。
しかし、何らかの形にはしたく思っている。先日も関連文献を20冊ほどポチってしまった。

ひとまず先行研究に目を通そう。それから研究史整理と史料収集。歴史学研究の第一歩である。


主要参考文献

※本文中で言及したものを除く

  • 太田省一 (2013)『紅白歌合戦と日本人』筑摩書房

  • 岡島紳士、岡田康宏 (2011)『グループアイドル進化論』毎日コミュニケーションズ

  • 香月孝史 (2014)『「アイドル」の読み方:混乱する「語り」を問う』青弓社

  • 香月孝史、上岡磨奈、中村香住 (2022)『アイドルについて葛藤しながら考えてみた:ジェンダー/パーソナリティ/“推し”』青弓社

  • 笠置シヅ子 (2023)『笠置シヅ子自伝 歌う自画像:私のブギウギ伝記』宝島社

  • 北川純子 (1999)『鳴り響く性:日本のポピュラ-音楽とジェンダ-』勁草書房

  • 小菅宏 (2012)『アイドル帝国ジャニーズ50年の光芒:夢を食う人・ジャニ-喜多川の流儀』宝島社

  • 境真良 (2014)『アイドル国富論:聖子・明菜の時代からAKB・ももクロ時代までを解く』東洋経済新報社

  • 周東美材 (2022)『「未熟さ」の系譜:宝塚からジャニーズまで』新潮社

  • 田島悠来 (2022)『アイドル・スタディーズ』明石書店

  • 永峯重敏 (2018)『「リンゴの唄」の真実:戦後初めての流行歌を追う』青弓社

  • 山本浄邦 (2023)『K-POP現代史:韓国大衆音楽の誕生からBTSまで』筑摩書房

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