夏に聴きたい12曲、あるいは諸行無常の佳
はじめに:日本人と夏
日本人は季節に対する解像度が非常に高い民族だとよく言われる。
J-POPの夏うたはその代表例だ。一口に夏うたと言えど、例えば「夏が終わりを迎える物悲しさ」を歌っているのは日本人だけなのではないだろうか。
今回はその「J-POPの多様性」に注目して、12曲のプレイリストを組んだ。
ここで紹介する12曲は色々な側面から切り取った「夏」を、ファンクやロック、クラシック、アンビエント、フォーク、R&B 、民族音楽など古今東西の音楽ジャンルをルーツにして表現した楽曲群である。
私たちが毎年経験する夏をエモーショナルに追体験できるように、順番にも拘った。
拙いながら解説文も添えたので、是非併せてお楽しみいただきたい。
1.君は天然色/大瀧詠一
大瀧詠一の名盤「A LONG VACATION」(1981)収録曲。
楽器隊のチューニングから始まるこの曲はプレイリストの幕開けにふさわしいだろう。その後のカウントに続く、ウイザードの「See My Baby Jive」風のイントロが夏の始まりを予感させる。
発売から40年経っても色褪せない透き通るようなナイアガラサウンドと、ノスタルジックな松本隆の歌詞、永井博による説明不要のアートワーク、そしてレイドバックの心地良い大瀧詠一のエネルギッシュなボーカルと、非の打ち所のない名曲である。
サビの強引な全音下転調はボーカルレコーディングの際に大瀧の声域の都合で急遽調整されたらしい。
2.天体観測/BUMP OF CHICKEN
この曲から迸る刹那的な若さの正体は何なのだろう。
バンプの歌詞の物語性は当時のロックとしては画期的だった。これは後世の邦ロックだけでなく、ボカロ文化にも大きな影響を与えたと思っている。その点では2020年代のJ-POPの源流とも言えるだろう。
昔のジュブナイル小説のような青春感と、メロコア、ポップロック的なサウンドによる疾走感を同時に感じることができる、鮮度の高いエンタメが「天体観測」である。
少年期に読んだ「十五少年漂流記」が懐かしい。
3.渚のバルコニー/松田聖子
この曲を聴いている間、我々は永遠のアイドルたる松田聖子に完全に掌握されている。そう感じざるを得ないのがこの曲のすごいところだ。
当時のアイドルらしからぬ挑発的な歌詞と、ビーチボーイズをオマージュのような終盤のコーラスがなんとも憎い。
最後の「そして秘密」が主音のソで終止するのでなく、敢えて9thのラで終えることで夏の続きを思わせるメロディーワークも妙である。
4.フロントメモリー feat. ACAね(ずっと真夜中でいいのに。)/神聖かまってちゃん
日本の夏は暑い。年を追うごとに酷暑を極めている気がする。
こんなに暑ければ「ガンバレない」日だってあるだろう。
この曲は清涼なサウンドに乗せて、「ガンバレない」日を全霊で肯定してくれているように思える。
そして、ゲストボーカルであるACAね(ずっと真夜中でいいのに。)の働きが素晴らしい。
ACAねの歌声は退廃的でありながら、とんでもない熱量を秘めている。
の子を始め、川本真琴、鈴木瑛美子、anoなど、多くのボーカリストにより歌い継がれてきた名曲だが、夏の息吹を一番に感じられるのはこのバージョンだろう。
5.Squall/福山雅治
福山雅治による至高のピアノバラード。福山の歌と富田素弘のピアノが絶妙な均衡を保って存在している。
実は松本英子へ提供した曲のセルフカバーであることを知らない人も多いのではないだろうか。
「Squall」なのにバラード曲というのは少々ミスマッチに感じるが、1曲を通して聴くうちに、子どもの頃に窓の外の夕立をぼんやり眺めていた記憶が蘇るような気がするので不思議だ。
一度曲が終わったように見せかけた後の唐突なアウトロは、スコールが止んだあとの晴れ空のようである。
6.涙そうそう/夏川りみ
この曲を聴くと、子どものころ夏休みに家族と行った沖縄旅行を思い出す。
森山良子のオリジナルを含め多くのバージョンが存在するこの曲だが、夏川りみによるカバーが一番好きだ。
沖縄の雄大な自然と壮絶な歴史をも感じさせる、どこまでも伸びやかで透明な歌声がただただ美しい。
7.夏夜のマジック/indigo la End
日本のじめじめとした夏に似合う曲である。夕方と夜の間くらいの時間に聴くのが好きだ。
心地の良いボーカルに対して、どこかシューゲイザーのソウルを感じるドラミングが夏の世間の激しさを思わせてお洒落である。
「今なら君のことがわかる気がする」という歌詞に「マジック」の正体が込められているんじゃないかと思う。しかしこのマジックにかかるのは夏夜の間だけ、というのがなんとも切ない。
8.線香花火 feat.幾田りら/佐藤千亜妃
きのこ帝国の佐藤千亜妃が幾田りらをゲストボーカルに招いた1曲。モダンなR&Bナンバーがうだる夏を涼しくさせる。
佐藤も幾田もバンドやユニットでデビューしたシンガーだが、ソロ活動時にはサウンドの枷が外れ伸び伸びと歌っているように思える。
特にこの曲の佐藤はきのこ帝国時代とはまた違った脱力感が素敵である。「アメリカーノ」「ぶっちゃけさ」の歌い回しはきのこ帝国では聴けなかっただろう。
是非ともアルバム「BUTTERFLY EFFECT」(2023)通して聴いてほしい曲である。
9.長く短い祭/椎名林檎
椎名林檎と浮雲(長岡亮介)のデュエット曲。オートチューンのかかったボーカルとブラジル音楽のようなリズム感によって非常にダンサブルに仕上がっている。
ところどころでトランペットが完全4度と長3度のハーモニーを繰り返しているのが、夏の気だるげな空気と騒がしいお祭りの人々を連想させる。
椎名林檎の楽曲はアウトロ後の無音時間がほとんどない。日本の夏をこれでもかと言うほど喧騒的に表現した曲だが、プレイリストで聴くと間髪空けず次の曲に移ってしまうのも刹那的で素敵である。
カップリング曲の「神様、仏様」と合わせて聴きたい。
10.secret base ~君がくれたもの~/ZONE
夏の終わりにはこの曲も欠かせない。
メロトロンの印象的なイントロの後に「君と夏の終わり」「将来の夢」「大きな希望」「忘れない」と歌い出す。ただ4つの言葉を並列しているだけなのに、たちまちこの曲の世界が構築されるのが秀逸だ。
少年時代を歌った曲や将来を歌った曲はいくらでもあるが、この曲は「少年時代から見る10年後を歌った曲」である。
大人になって感じる10年という年月はそう長くない。しかし子どもの頃は10年後なんて想像できないほど遠い将来だった。
この曲が醸し出すノスタルジーは、多分そういうことなんじゃないかと思う。
11.真夏の果実/サザンオールスターズ
バラードを歌う桑田佳祐は堪らなく良い。
「四六時中も好きと言って」「マイナス100度の太陽」「涙の果実よ」と桑田のワードセンスが光る名曲である。
サウンドプロデュースを務める小林武史の働きも素晴らしい。オルゴールのイントロに始まり、最初はグロッケンやウクレレ、リズムマシンなど無機的で涼しげなサウンドが目立つ。それがベースやストリングス、ドラムといった骨太な楽器が合流することによって徐々に肉迫していき、間奏のオルガンソロの頃には完全にこの曲の世界に埋没してしまう。
そしてサザンの曲には原由子のコーラスも欠かせない。この曲の有機的な暖かさはこのコーラスによるものと言っても過言ではないだろう。
12.少年時代/井上陽水
プレイリストの最後を飾るのはこの曲以外に考えられない。今や教科書にも載り、J-POPのスタンダードナンバーとなった名曲である。
来生たかおのピアノによるイントロは、ビートルズの「Let It Be」のオマージュじゃないかと勝手に想像している。
この曲のすごいところは何言ってるかわからないところだ。「風あざみ」「宵かがり」「夢花火」「思い出のあとさき」と陽水独特の造語をふんだんに盛り込んだ歌詞である。それなのに、初秋を歌う1番、盛夏を振り返る2番、再び初秋に戻る3番とそれぞれの季節が情景とともに鮮やかに浮かび上がるのだ。
この曲はコードワークも独特である。Bメロ初めのG#m7-5とC#7の繰り返しなどは何とも奇妙なドミナントモーションなのだが、「陽水マジック」によってフォーキーに落とし込まれている。
跳躍と順次音階の絶妙なバランス、韻律学的に計算されたアクセント、クラシカルなピアノとストリングスが過不足なく美しく整頓された完璧な楽曲を聴きながら、夏に思いを馳せる。
おわりに:自分も、夏の曲を書いた。
いかがだっただろうか。
日本の夏は多彩である。魅力的だ。
そしてそれを切り出すアーティストたちもまた、素敵である。
偉大なる先達にあやかろうと、筆者も今夏、新曲を出した。
「アイスクリーム果てる夏(feat.あやな)」である。
喧騒的な日本の夏と、それが一瞬にして終わってしまう諸行無常を描いたロックナンバーとなっている。
ゲストボーカルには大学時代の後輩であるあやなを迎えた。
早いもので今年も夏が終わってしまう。
短いものは、ときに厭世的で美しい。
日本には「短夜」という言葉がある。
秋の「夜長」に対する夏の季語である。
そんな短夜に後朝の情を感じたのか、清少納言は「夏は、夜。月の頃はさらなり。」と評した。
来年の夏もまた燦燦とやって来る。
今年も来年も、豊かな音楽とともに、四季を巡りたい。
願わくば筆者の楽曲も、そこにありたいものだ。