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From Nom 21.06.12 もちろん絶対に紙の本を否定することはないんですが……

今日の東京新聞の全5段2分の1広告で「多摩・奥多摩ベストハイク30コース」という書籍が宣伝されていました。

今までさんざん,旅行やルートのガイド本を作ってきましたが,この広告を見て思うのは「誰が買うんだろう?」ということです。

コロナ禍で遠くに行けないから,東京近郊の多摩・奥多摩に行く人,おそらく高齢の方々が多いだろうと踏んでの出版なのでしょうが,正直なんだかなぁと思ってしまいます。

紙の本を買うのは高齢者、がマーケティングの結果?

この本を見て,実は猛烈にいまどき本を買うのは高齢者だけという,版元の気持ち(マーケティングとでも言いますか)が透けて見えてしまいました。

スーパーマーケットの隅に置かれた本のラックがありますが,そこから週刊誌などを手に取ってレジに持っていくのはいつも高齢の女性。そうか,こういう読者に週刊誌は支えられているんだと思ったものです。

長年,雑誌を作ってきた身として,紙の本を否定するつもりはさらさらないし,紙ならではの良さや価値を誰よりも理解しているつもりです。そして,紙という実体があるから,ウェブメディアやイベントや,あるいは物販,セミナーという紙から派生したビジネスが生まれているのですから。

でも,この本からは何かが派生するのでしょうか。

誰が幸せになるかが分からない

多摩・奥多摩に行く人が増えて、地元のお店に落ちるお金が増えるのでしょうか。

電車を使う人が増えてJRが潤うのでしょうか。

申し訳ありませんが、まったく読んではいませんが、読まなくても内容は想像でき、ガイド本としてはしっかり作られていることでしょう。でも、きっと、ネットで上手に検索できる人であれば、もっと自分に合ったパーソナルな情報も手に入るはずですよね。

多くの読者を対象にした本は、残念ながらそういうパーソナライズした情報を扱うのは正直苦手。紙幅に限りがある以上、選択と省略が至上命令なのですから。

全5段2分の1の広告を出すのって、版元にとってはかなりの出費です。この本は、東京新聞さんが版元で、自社メディアでの広告なので出稿が容易なのかも知れませんが、それもなんだか気になります。

それよりも、東京新聞さんから出版された著者本を宣伝したらいいのではと思います。きっとその方が、著者も喜ぶし、その本の存在を知らなかった方々の目にも留まることで、売り上げも上がるのではないでしょうか。

この広告、実は見るのは今日だけではありません。

何度か目にして、その度に何を考えているんだろうと思っていました。

きっと、出稿を決めた方がこの記事を読んだら気を悪くされるでしょうね。でも、それ以上にボクは、長年の経験からなんだか暗い気持ちになっています。

紙メディアはもっともっと苦しみましょう

正直言って、紙のメディアの将来は明るくはありません。

黙っていても、勝手に入ってくるネットの情報、それも限りなく無料に近い感覚で。しかもあふれんばかりに。

それに、わざわざ書店や電子書店で購入して読む紙媒体が勝つのは正直言って至難の業です。そんなことは長年、雑誌を作ってきた人間として肌身で感じてきました。

だからこそ、紙じゃなければ得られない価値をずっと追い求めてきました。

写真にこだわり、デザインにもこだわり、もちろん文章にだって徹底的にこだわってきたつもりです。でも、ネットメディアだって、どんどん洗練してきて、動画によって動きも加えられる分だけアドバンテージを得ています。

なんだか勝ち目はまったくないように思ってしまいますよね。

でも、たぶんそんなことはないんです。

紙だろうが、ネットだろうが、人を引き付けるのはコンテンツに魅力があるから。コンテンツに魅力があって、そこでしか読めない、知ることのできないことが書いてあれば、きっと読んでくれるし本を買ってもくれるはず。

ただ、駄々洩れのようなネットの記事と違って、探してくれないと出会ってくれないのが難しいところで、漫然といい記事を書いた、いい本ができたと満足してはいけません(紙の本の編集者にありがちですが……)。

せっかく必死に取材して、オリジナリティの高い記事を掲載したのですから、そのよさを人に伝える努力も必死にしないとならないのです。というか、いまは本を作ることよりも、作ったものをどうやって知ってもらうかのほうが重要で、大切な仕事なんだと思います。

どうすればいいのか、どうしたら多くの人が知ってくれて、本を買ってくれるのか。紙の本の編集者、編集長は、どうするのが自分たちの本のターゲット層に響くかを頭が割れるくらいに痛むまで考えに考え抜く必要があります。

そうやって、やっとネットメディアと戦えるベースができるのです。

紙の制作で培った力はとても強くて大きいはず

月刊誌なら、企画会議から取材、デザイン、文章執筆、校正、校了まで数週間はかかるのが普通で、その過程で裏取りもするし、取材対象者にも記事の確認もしてもらい、事実誤認がないかなど数回のチェックが加えられます。

一度、出版されたら訂正の効かない紙の本だからこその用心深さと丁寧さがそこにはあります。いつでも修正が可能なネットメディアとは、明らかに緊張感が異なります(自分自身もそうですから)。

そういう環境で鍛えられた編集者は、それこそ何でもできるし、いわゆるつぶしが効く人材になるはず。そういう鍛錬された編集者、ライターが紙を飛び出してネットの世界で活躍するのもとてもいいことだと思います。

「やっぱり文章を書くことが好き」で書きましたが、どんな物事にも裏があって、それが分からないと本当のことは絶対に分かりません。

「速さ」よりも「深さ」。

先日、亡くなられた立花隆さんも「田中角栄研究」の執筆のために膨大な時間を費やされました。そして、そのガチガチの事実の積み重ねが田中角栄退陣の引き金になったわけです。

なんだかとめどなくなってきちゃいましたが、言いたいことは「ネットに勝てない本は作るな」ということ。

自分へのいましめとしても、そう強く思っていきたいと思います。





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