From Nom 21.06.30 バイクのボディプロテクターのこと
新型コロナ感染症の影響で、密を避けられる交通手段として、あるいはリモートワークで時間にゆとりができたためか、いま、バイクの免許証を取得した、取得しようとする人が急増しています。
そして、教習所に入校しようとしても、教習開始は数カ月先なんていうところもあるようで、本当に本当に久しぶりなバイクブーム到来、なんていう様相を呈しています。
そして心配は、そういう新しいライダーの誕生にともなってバイクの事故が増えていること。
いまは教習中にプロテクターを装着しているようですが、実際に免許を取って街中を走り始めるときは自ら進んで各種プロテクターを用意しなければいけません。
いまバイク用品店等で販売されているライディング用のジャケットは、肩・肘・背中、商品によっては胸にもプロテクターを装備しているモデルが用意されていますが、誰もがそういう専門店でライディング用ジャケットを購入して着用するわけではありません。
とくに、周りにライダーの先輩がいないような人は、ライディング用ではないウエアでそのまま走り出してしまうことも多いはず。
もしそんな格好で、万が一転倒でもしてしまったら……。
もっとも危険な頭部は装着が義務化されているヘルメットで守られていますが、次に死亡率が高い胸部も守らなければいけないという意識のない人が大多数だと思います。
十数年前から、「ボディプロテクター普及委員長」を自称して普及活動をしてきたボクとしては、いまだからこそ、またボディプロテクターの必要性を声を大にして言わなければと思っています。
誕生のきっかけは白バイ隊員の殉職の防止でした
もうずいぶん前で、それがいつだったのかすっかり忘れていて、いまネットを検索して、おそらく2007年だったと判明しました。
当時、ホンダのバイクの販売会社であるHMJさんで洋用品の開発を担当していたKさんから、「胸部(ボディ)プロテクターを普及させたいんで、協力してもらえない?」という感じでお話をいただいたと記憶しています。
ご存知のように、バイクはクルマのように頑丈なボディに守られてはいなくて、転んだら最初に衝撃を受けるのはライダーの身体です。ヘルメットは義務付けられているからほとんどの人がかぶっていて、それでもバイクの死亡事故の多くは頭部への衝撃が原因(なかには、かぶっていてもアゴひもをしていないなど、適切な装着をしていない例も多々あるようですが……)。
そして、頭部に次いで多い死亡事故の原因が胸部の損傷です。2000年代、白バイの殉職事故の最大の原因は胸部の損傷で(白バイ隊員はヘルメットをしっかり装着していますから)、それを解決するためにHMJさんが胸部プロテクターの開発を依頼されました。
そうして完成したボディプロテクター(チェストプロテクターとも呼びます)は、とても強靭で、白バイ隊員の事故による殉職を大きく減らしたのですが、そのころにショッキングな事故が起こりました。
あまりに衝撃的だったノリックの事故死
バイクの最高峰レースのMotoGPなどで活躍していたレーシングライダーである、ヤマハのノリックこと阿部典史さんが、公道で大型スクーターに乗っているときにUターン禁止の道でUターンをしたトラックに衝突されて命を落としたのです。
もちろん、ノリックは安全なヘルメットを確実に装着していましたが、死因は胸部を含めた全身打撲。もし、HMJさんが開発したボディプロテクターを装着していたら、ノリックはまだボクらの前にいたかもしれません……。
その事故が起こったすぐあとに、前述のKさんからの話がありました。
ひとつでも多くのライダーの命を事故から救うため、一般ライダーにもボディプロテクターの重要性を伝えたい、ついては当時、バイク雑誌の編集長をしていたボクにぜひ手伝ってくれという話でした。
ノリックの事故には、もちろんボクも衝撃を受けていましたし、もし彼がボディプロテクターを装着していたら命は助かったかもしれないと思うと、Kさんの頼みを断る理由はまったくありませんでした。
ボディプロテクターの有効性や開発の苦労談、そして現実に白バイ隊員の死亡事故の減少具合などをKさんから説明されて、これはライダーのために必要なもので、ライダーの命を救うものだと確信して、勝手に「ボディプロテクター普及委員長」を自称して、普及活動を始めました。
「ボディプロテクター普及委員長」の活動開始!
ジャケットの肩、肘、背中に入れるプロテクターはそのころにはけっこう普及していましたから、これからは胸のプロテクターも付けようという流れを作ろう、そう思いました。
しかし、肩・肘・背中のプロテクターと違って、HMJさんのボディプロテクターはジャケットに内蔵できるものではなく、装着するのがなかなか面倒なものでした(写真上がその初代プロテクターで、右のLLが天地・左右が28㎜ずつ、左のLが同じく約25㎜と結構、大型。ドットボタンが付いた布製の袋に入れて、ジャケットに付いたホックに取付けるものでした)。そして、普及が始まっているとはいえ、バイク用のプロテクターの記事はまだ雑誌的には「売れるネタ」ではありませんでしたから、ほんとうに草の根の活動でした。
仲のいい、バイクの世界の有名人、いまでいうインフルエンサーの人たちにボディプロテクターを装着してくれるようにお願いして、同意してくれた人にはプロテクターを提供するとか、ほかのバイク雑誌の編集長たちに記事で扱ってくれるように依頼するとか、雑誌以外のメディア(TVとかラジオとか)にも、ボディプロテクターの普及活動をするのを条件に積極的に出演するとか……。
もうひとつ、HMJさんのプロテクターを装着するための「ホック」を他メーカーさんのジャケットにも何とか装着してもらえないかというKさんの依頼に応え、他のライディングウエアメーカーにボディプロテクターの安全性を証明する資料を見せながら、そのメーカーのライディングジャケットにもHMJさんのプロテクターを装着するためのホックを付けてくれないかと交渉もしました(RSタイチさん、デイトナさんを筆頭に、いくつかのメーカーさんが同じ方式を採用してくれました)。
自分でも、HMJさんが用意していた、ホックの付いていないジャケットにボディプロテクターを装着できるようにするホック付きのテープを、持っていたジャケットに縫い付けたりしました(写真上は、当時のダイネーゼのメッシュジャケットに自分でテープを縫い付けたもの)。
付けるのは面倒で、カッコ悪いという声ばかり
しかし、ボディプロテクターなんてまだまだ一般的ではなかった時代ですから、多くのライダーの反応は「何それ?」だったし、やはり「付けるのは面倒」だし、「カッコ悪い」というのがほとんど。
だいたいが、ボクが編集長を務めていたバイク雑誌の編集部員たちも、記事ではボディプロテクターが重要と書きながら、自分たちは装着していないのですから、もう何をかいわんやという状況でした。
そんなころ、再びとてもショッキングな事件が起こりました。
懇意にしていたエンジニアが不慮の事故で他界
某バイクメーカーのエンジニアで、自らレースにも出場して優秀な成績を残すほどの熟練ライダーだった方が、高速道路を降りた誘導路に停車していたトラックにバイクで追突して命を落としたのです。
ライダーとしての技量の高さを自他ともに認める方が、そんな不慮の事故で亡くなってしまったことにショックを受け、詳しく事故の状況を聞くとさらに衝撃を受けました。
停まっているトラックに追突した彼は、頭部や顔面にはまったく損傷がなく、胸部の損傷が致命傷となったというのです。
もし、ボディプロテクターを装着していたら……。
なんだか孤立無援で普及委員長なんて言っていると、ちょっと自分の無力さに疲れていたボクでしたが、そこでまたスイッチが入りました。
もっともっと積極的にボディプロテクターの必要性、重要性をことある毎に発言するとともに、担当の雑誌でも積極的にプロテクターの特集を組むように編集長権限で強く指示しました。
そして、プロテクターの必要性がライダーの間に高まりつつあったこともあり、徐々にプロテクターの記事はある意味、バイク雑誌の普通の記事だと認知されるようにもなっていたと記憶しています。
とはいえ、依然として装着率は10%未満のまま
ボクが普及委員長を自称して、必死に必要性を訴え始めたから十数年経ちますが、ボディプロテクターの普及率はまだ8.4%(令和2年警視庁調べ)。
ただ、レースの世界では、ロードレースのMotoGPや全日本選手権レースでも胸部のプロテクターは必須装備に指定されていますし(今年の第7戦カタルーニアGPで、ヤマハワークスのクアロタラロ選手が胸部プロテクターを故意に外したことでペナルティを与えられましたね)、転倒した瞬間に展開してライダーの身体を衝撃から守るエアバッグの装着も義務付けられています。
いつの間にか、というか当り前かもしれませんが、モトクロスも含めレースの世界では胸部をプロテクターやエアバッグでガードするのは当然になっています。
そして、バイク用のパーツやウエアメーカーで構成される「全国二輪車用品連合会」(JMCA)が、安全性の高いボディプロテクターに「JMCA推奨ステッカー」を貼ってライダーに装着を喚起するなど、積極的に普及活動を行っています。
なのに、なぜ、サーキットよりも数倍、数十倍も危険な一般公道を走るライダーがボディプロテクターを付けないのか。
それは単純で、いまだに面倒だからだし、カッコ悪いから。
その気持ち、考え、思いを否定はしませんが、バイクが好きなら、そしてバイクに乗り続けたいなら、ボディプロテクターを付けようよと声を大にして言いたいし、付けてもらいたい。
ボクが普及活動を始めたときには、HMJさん以外のものはほとんどなかったボディプロテクターですが、いまは数多くのメーカーが発売していて、たとえばamazonで「バイク ボディプロテクター」と検索すると、数えきれないほどの画像が表示されるほどです。
初代のHMJ製ボディプロテクターは、大きくて、付け心地もあまりよくありませんでしたが、いまはかなり小型化もされ(上の写真の左が初代HMJ製プロテクターで、右がいまはHMJさんのOEMも行っているRSタイチさんのTECCELLチェストプロテクター)、ジャケットの中に着るベストタイプや、胸のふくらみにもフィットする女性用なども豊富にラインナップされています。
昔の安全性が第一で、正直言って武骨一辺倒だったものとは大きく変わってきているのです。普及のために、メーカーも一生懸命、努力しているのです。
ボクは、普及委員長と自称して以来、たとえば近くのコンビニに行くときでも、バイクに乗るときは必ずボディプロテクターを装着しています。コンビニに行く間にアクシデントがあって、胸部損傷で大けがをしたり、死亡したら話になりませんからね(笑)。