第2回 グロースのシステム・ダイナミクス①
前回は、スタートアップ・システム・ダイナミクスの意義や位置付けについて説明させていただきました。今回から具体的な本題に入っていきます。
スタートアップに求められる「指数関数的成長」
スタートアップは、一般的なビジネスとは異なり、短期間での指数関数的・加速度的な成長を目指す宿命を負っています。このような成長を実現するためには、強化型フィードバックループが必要です。
強化型フィードバックループとは、ある要因がシステム内でのポジティブな影響を増幅させる構造を指します。例えば、多くのユーザーがサービスを利用することで、新しいユーザーがさらにサービスを利用しやすくなる、という「ネットワーク効果」もその一つです。
スタートアップがこのような強化型フィードバックループを早期に発見し、構築することができれば、その成長は指数関数的に加速します。
また、強化型フィードバックループを構築するだけでなく、それを加速・強化するためのレバレッジポイントの発見も重要です。レバレッジポイントとはシステムに最も効果的な影響を与えるポイントを指し、スタートアップがこのレバレッジポイントを正確に特定し、限られたリソースを効果的に投下することができれば、市場での競争優位を確立しやすくなります。
スタートアップが実現したい「支配状態」
スタートアップとしては、やはり最終的にはGAFAM(あるいはMATANA)のような支配的立場まで成長し、その状態を維持するのが究極目標になるのではないでしょうか。このときに注目したいのが、経路依存性という概念です。
経路依存性とは、システムが拡大していく際に、初期条件とシステム初期に加えられたランダムな衝撃によって最終的な均衡状態が決まる挙動をいいます。経路依存性の有名な例としては、キーボードのQWERTY配列があります。キーボードの配列には無限のパターンがあり得るのですが、QWERTY配列のキーボードが売れれば売れるほど、人々はその配列でタイピングを覚えるようになり、QWERTY配列のキーボードがますます売れるようになり、他の配列のキーボードをつくっていたメーカーは淘汰されていくという現象です。
要するに、経路依存性の高い事業とは、「正直どっちでもいいんだけど、ちょっとしたきっかけやスモールスタートから、強化型フィードバックループにより差がどんどん開いていって、最終的にはひっくり返せない状態に至る事業」ということです。最初はすべての経路が等しく魅力的であるという点に、夢があります。
スタートアップが挑戦するべきなのは、まだ「すべての経路が等しく魅力的」な経路依存性の高い事業、すなわち、まだ誰にも「ロックイン」されていないフロンティアやホワイトスペースにおける事業です。そのような経路依存性の高い事業において、強化型フィードバックループを活用して、最初のささやかな一歩を増幅させていくことがスタートアップ経営の真髄なのかもしれません。このループを回せると、想定以上に強いポジションを維持できるということが以下のとおり指摘されています。
では、スタートアップのグロースに寄与するような強化型フィードバックループとしては、どのようなものがあるのでしょうか。
「強化型フィードバックループ」10選(前編)
以下では、スタートアップに指数関数的成長をもたらし、最初の小さな差を増幅させる「強化型フィードバックループ」10選のうち、まずは前編として5つご紹介します。
「ネットワーク効果」や「コンパウンド・スタートアップ」など、そのときそのときに注目されて流行する概念がありますが、これらは多くの強化型フィードバックループの一部にしかすぎません。重要なのは、競争環境・事業モデルに最適なものを、適切な事業ステージで活用することです。投資家はたまに「あなたの会社は何のゲームで戦っているのですか?」的な趣旨の質問をしますが、これは要するに「何のループを回す必要があるのか」とほぼ同義でしょう。ここで留意したいのは、「何のゲーム」なのかはステージによっても変わっていくことです。
1) 獲得コストへの再投資
収益を営業やマーケティングに再投資していく認知獲得活動は、ある種当たり前すぎて意識せずに経営に取り込んでいるものだと思われますが、れっきとした強化型フィードバックループです。
すなわち、営業やマーケティングの活動を通じて、製品の認知を増加させることで、売上が増加します。ここでいうマーケティング活動は広義のもので、プライシングの工夫(割引やフリーミアム)、紹介制度などを含みます。売上の増加は、スタートアップの収益を増やし、その収益を再びマーケティングや営業活動に投下することができます(再投資)。これにより、製品の認知やブランドをさらに高め、新しい顧客を獲得することができます。
2) 開発コストの分散化
スタートアップは知識集約型の事業が多く、先行投資が大きくなる傾向があります。特にディープテック系だと顕著だと思われます。その先行投資を回収するアプローチとしては、①高い価格で販売して開発コストを回収していく方法と、②低価格で需要を喚起して販売量を増加させ、単位当たりの開発費を低下させるという方法とが考えられます。ジョン・D・スターマン「システム思考 複雑な問題の解決技法」では、②の方法により強化型フィードバックループが回ると提唱しています。
その帰結として、「強気の事業計画」や「アクセルを踏む胆力」には、自己予言効果があります。強気で積極的に低価格で勝負する企業は、最大の市場シェアを自己予言どおりに獲得し、それによりさらに価格を下げることができ、さらにシェアを伸ばすことが可能になります。他方で、慎重な企業は、シェア獲得が期待はずれだったことになります。いずれの企業も、それぞれの予想通りの結果に着地するのです。
テスラは、Model 3やModel Yのような比較的低価格のモデルを投入しながらこのループを上手に回している企業のように見受けられます。
3) 生産コストの低減
生産コストを低下させることで、価格も低下させて製品の魅力を高めて需要喚起やシェア拡大を行い、販売・生産量を増加させ、生産コストがさらに低下するという循環も、グロースに有効な強化型フィードバックループです。生産コスト低下のメカニズムとしては、次の3つがあります。
規模の経済:規模の経済とは、生産量が増加すると、単位あたりのコストが減少するという原理です。スタートアップが製品やサービスを大量に生産・提供することで、単位あたりのコストを下げることができ、これにより価格競争力を持つことができます。そして、価格競争力が増すことで、さらに多くの顧客を獲得することができ、生産量をさらに増やすことができるというループが形成されます。
範囲の経済:これは、異なる製品やサービス間で共通のリソースや活動を共有することで、コストを削減するという原理です。スタートアップの主力製品が売れると、製品ラインの幅を広げることが可能になり、共通のリソースや活動を効率的に利用することができます。これにより、各製品やサービスのコストをさらに下げることができ、販売量がさらに増加することになります。SpaceXは、自社のロケットを使用して、全地球規模の衛星インターネットサービス「Starlink」を展開し、範囲の経済を享受しています。
学習曲線:学習曲線とは、製品の生産やサービスの提供を繰り返すことで、効率や品質が向上するという原理です。販売量が増加することで、当該事業の経験が蓄積し、学習曲線により価格を下げることが可能になりますし、プロセス改善への投資が可能になり、やはり同様に価格を下げることが可能になります。ジョン・D・スターマン「システム思考 複雑な問題の解決技法」によれば、多くの業界でみられるのが「経験が2倍になるごとに10~30%向上する学習曲線」です。SpaceXは、多くの打ち上げを経験することで、ロケット技術や打ち上げのノウハウを蓄積しています。これにより、技術の安定性を向上させ、さらなるコスト削減や効率化を実現しているものと思われます。
4) ネットワーク効果
「ネットワーク・エフェクト」という書籍まであるように、ネットワーク効果は最も有名な強化型フィードバックループかもしれません。
ネットワーク効果は、製品やサービスの価値が、その製品やサービスを使用するユーザーの数に比例して増加する現象を指します。
例えば、ソーシャルネットワーキングサービスや通信アプリなどは、友人や知人が多く使用しているサービスを選ぶ傾向があります。これは、そのサービスを使用することで、友人や知人とのコミュニケーションがスムーズに行えるためです。このように、ユーザーが増えることで、その製品が便利になり、さらに新しいユーザーが増えるという自己強化的なサイクルが形成されます。
このループは、インターネットやモバイルという事業ドメインとの相性が非常によいため、海外でいうとDropbox、Zoom、Uberなど、国内でいうとメルカリなど、参照できる事例は無数にあります。だからこそ、ネットワーク効果が他のループと比較してもダントツで多くの起業家のアテンションを集めているのだと思います。
詳細は以下の文献が最も参考になるかと思います。なお、この文献がネットワーク・エフェクトと呼んでいるものは、狭義のネットワーク効果に限られず、ほかの種類の強化型フィードバックループも含まれている点に留意するといいのではないでしょうか。
5) 補完製品効果
補完製品効果とは、ある製品の価値が、その製品とともに使う互換性製品の存在や入手可能性によって増加する現象を指します。これによりもたらされるのは、ある製品が普及することで、その製品と互換性のある補完製品の需要が増加し、補完製品の提供者が増えるという強化型フィードバックループです。
例えば、iPhoneのユーザーが増えることで、App Storeにアプリを出品する開発者が増え、そしてApp Store上で多様なアプリが提供されることで、さらに多くのユーザーがiPhoneを購入するという現象がこれに該当します。また、ソニーが自社のハードウェア製品用のコンテンツを確保する目的で行った映画スタジオ買収なども、このフィードバックループを確立するための打ち手だったと想定されます。大手クラウドソフトウェア事業者がAPIを開放して他のアプリケーションと連携するのも、補完製品効果を狙ったものです。
また、アンドリュー・チェン「ネットワークエフェクト」では、マイクロソフトや任天堂の補完製品効果の事例が紹介されています。
補完製品効果をブーストさせるためには、第三者による補完製品開発の意思決定を促す施策が必要になります。
そのための打ち手としては、第三者への技術仕様の共有、交付金の支給、第三者とのJV設立などがあります。また、自社(買収含む)で補完製品を提供・確保したり、よりドラスティックには自社で補完製品を無償配布したりして、本体製品の利便性を高めることも考えられます。
次回は、残りの5つの強化型フィードバックループについて整理します。
【参考文献】
- ジョン・D・スターマン「システム思考 複雑な問題の解決技法」
- 西村行功「システム・シンキング入門」
- バージニア・アンダーソンほか「システム・シンキング」
- 湊宣明「実践 システム・シンキング」
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