声が世界に届くまで── #世界同時演劇『Lost and Found』制作後記
これから語るのは、本日からアーカイブ配信が始まるノーミーツの演劇『Lost and Found』が出来上がるまでの舞台裏を、企画・プロデュースの私、松本祐輝の視点から振り返った物語です。
この風変りな企画が完成するまでの過程を、本編とともにご覧いただけますと幸いです。
アーカイブ映像はこちらから。
(末尾に役者さんからのメッセージもございます!是非ご覧ください!)
初回の本読みで脚本演出の小御門が語り、その後の稽古の中で何度も繰り返す言葉であった。この言葉は、今回の「世界同時演劇」を象徴するかのような言葉だ。
自分の言葉や思い、声が伝わるのだろうか、という不安は、コミュニケーションにおいて確かに発生し得るものだ。
特に、世界と特に繋がりの無い僕らノーミーツのチームが虚空に投げた物語という声が、本当に世界に届くのかは、最後まで不安の連続であったが、結果的に世界の役者さんに届き、沢山の方の支えによって広がり、33カ国2,500人を超えるお客さん、そして中国bilibiliでの同時配信では延べ14,000人の方に見て頂いた企画にまでなった。
どこだって劇場にできる。そこが世界だっていい。
まずはこの劇を知らない方に向けて今回の企画について説明させてほしい。
「世界同時演劇」は、世界各国、別々の場所にいる役者がオンラインを通じて同時に演技をし、一つの演劇を作り上げるプロジェクトである。
2020年、最初の緊急事態宣言下で、皆が外に出れなかった時に生まれたノーミーツは、Zoomを使った演劇から始まり、観客の投票によって結末が変わる「選択式演劇」や、サンリオピューロランドやニッポン放送、空港、海辺といった、劇場ではない場所を劇場にして生放送で送る生放送演劇など、オンラインでしかできない演劇の新しい表現に挑戦してきた。
今回の「Lost and Found」では、日本ではゲストハウスを舞台とし、複数のカメラを設置、さらに海外から、外国人のキャストが出演する。さらに全編に字幕が用意され、世界のどこからでも楽しめる。
演劇の専門家だけでなく、圧倒的な配信チームにエンジニアチームがいるノーミーツだからこそできる、そんなノーミーツの舞台を拡張していく試みの集大成とも言える挑戦だった。
虚空に向かって声を投げかけ続けて
この構想が出来たきっかけは、1年前、この文章を書いている僕がプロデューサーとしてノーミーツに参画したことだった。本業で中国を中心とした国際共同制作をしてきた自分は、ノーミーツの『むこうのくに』を見て以降、企画を通じて世界を繋ぎたいとずっと思っていた。そこに元々のメンバーが乗ってくれたことで実現のための模索が始まったのである。
正直「市場」は見えていなかった。様々な人に聞く中で、オンライン演劇という試み自体は、コロナを機に世界各地で行われていることは分かったが、基本的にはオフラインでの演劇ができない期間の代用品であり、ノーミーツのようにその表現を極めているチームもいなければ、ターゲットと言える人たちも見えていなかった。
中国に絞ったライブコマースといった、より明確なターゲットのあるアイデアも出ていたが、それでも、このチームだからこそできる、「世界を繋げる」という、少し無謀だが、もやっていない、理想論のような企画にチャレンジしてみたいという信念があった。
一方、今回企画を作った主要メンバーは、決して海外に明るいメンバーというわけではなかった。僕自身は中国にこそ経験知見はあったが、英語圏には全く縁がなく、小御門さんに至っては何と、海外に出た経験すらなかったのだ。
明確な届け先の見えない企画を作る過程は、虚空に理想論を投げ込んでいくような、空虚で苦しい期間だった。何度も企画を作っては崩し、その過程だけで半年以上が過ぎていった。
ここで紹介しなければならないのが、この企画の実現が今回助成を頂いた「文化庁メディア芸術祭クリエイター育成支援事業」様のおかげだということ。人も技術も多くかかるこの企画は助成金を頂かなければ成り立たなかったし、そのおかげで無料公演という思い切った方法に出ることができた。何より遅々として進まない暖かく企画を見守り続けてくださった文化庁の皆様とアドバイザーのタナカカツキさんと山本加奈さんがいなければ、途中で心が折れて企画を閉じてしまっていただろう。
来年以降メディア芸術祭の募集がなくなってしまったという悲しいニュースも聞いたが、この無謀だが確かな意義のある企画は、文化庁の皆さんの支えがなければ決して実現しなかったのだということは、これからもずっと声を大きくして伝えたいと考えている。
そんな時間が過ぎていく一方で、世界そのものも変わりつつあった。コロナだけでなく、ウクライナでの戦争等様々な問題が起きた中、中国と日本という、主義主張の正反対の立場にいる2カ国の議論を同時に見ていた自分は「このコロナが終わった後、もう一度普通に話すことはできるのだろうか」という絶望に包まれた。これをきっかけに「コロナで無くなってしまった場所=ゲストハウスを舞台に、世界の色々な場所にいる人たちどうしが、自分たちの事を語る作品にしたい」という原案が出てくると、小御門さんの驚異的なまとめの力もあり、やっと企画として完成したのだった。
世界同時オーディションで、初めて声が世界に届いた
企画ができたはいいが、ノーミーツには海外の役者の方のつては殆どなかった。自分たちがまだ出会えていない海外の役者と出会いたい、実験公演らしく、その手段も実験的なものでありたい。その思いで始めたオーディション準備は本当に、本当に大変だった。
脚本もできていない段階での、日中英3カ国語での情報解禁。HPやビジュアルを急ピッチで準備し、何とか探し出したアメリカと中国のメディアとオーディションサイトに登録、さらに英語でのオーディションを日英の二カ国語で実行しなければならない。
このあまりにも無謀なオーディション、そしてここから始まる制作を実現できたのは、もう一人のプロデューサー、梅田ゆりかさんのおかげに他ならない。ノーミーツの初期メンバーであり、オンライン演劇の経験が誰より豊富な梅田さんは、頼りない自分の替わりに企画から制作まで、全ての過程を担い、リードしてくれていた。この企画の思い付きは自分だが、企画の魂は間違いなく彼女だった。
そしてもう一人欠かせないのがアシスタントプロデューサーの白浜美夏さんだ。イギリスで演劇を学ぶ彼女は日中英三カ国語を操るスーパーウーマンで、オーディションから稽古場、本番の前説からカーテンコールまで、過酷な通訳の全てを担ってくれた。イギリスからリモートでスタッフワークをこなしてくれた彼女は、通訳という立場からどんどん成長し、本番前にはなんと日本に帰国し、現場から多言語のコミュニケーションをしんがってくれるようになってくれた彼女は本当に頼もしい存在だった。
そんなオーディションには、なんと14カ国から200人もの方が応募してくれた。そして嬉しいことに、多くの方達が、自由に世界が行き来できない中で繋げ直したいという企画の意図に共感し、応募してくださったのだ。特に当時、コロナによる行動制限が厳しかった中国からは、もう一度演劇をしたい、世界と繋がりたいと感じた方々が多く応募してくれた。
こうして、素晴らしいキャストと出会えたオーディションは、同時に自分たちにとって初めて、虚空に向かって投げていた思いが、対岸に通じたことを実感できる場になったのだ。
声を形にしてくれた、スタッフワークの数々
ここで、実際に見た皆さんの感想の中でも出てきた、ノーミーツのテックチームの舞台裏についても紹介したい。
まず印象に残るのは、演劇にも関わらず変わっていくカットワークと通話画面のコントロールだろう。普通の演劇ではありえないだろうこの演出は、ノーミーツの誇る配信隊長、藤原遼さんのおかげである。場面転換にとどまらず、日中プラットフォームでの同時配信や、字幕配信といったイレギュラーな対応があったにも関わらず、遼さんの尽力のおかげで無事にやり切ることができた。
まるで映画のようなカメラワークは、水落さん、宮原拓也監督という、『あの夜を覚えている』でも大活躍した二人のおかげである。水落さんは美術の構成から、印象的なプロジェクター演出まで手掛けてくれた。
そして、本公演で一番の核心的な要素は、生配信にも関わらず字幕が出るということだろう。このシステムの構築には、土田悠輝さん、藤木良祐さん、 渡辺基暉さんらをはじめとするノーミーツの誇るZAのエンジニアチーム、そして自動翻訳システムで活躍している鈴木一平さんのおかげで会った。
Excelにてまとめた字幕を、オペレーターがポン出しできるようにする。その複雑なシステムを、誰が見ても分かりやすいUIに落とし込んで頂いた字幕に関わらず、稽古場・カーテンコールの自動翻訳や、オンライン劇場ZAそのものの多言語対応など、大工事が必要だった中で、柔軟に対応してくれた彼ら無しには、世界中の人達が一緒に観劇し、チャット欄で多言語で交流するという、理想的な形は実現し得なかったことだろう
(このシステムの凄さについては本当に語るところが沢山あるので、今後のテックチームの皆さんの発信に期待したい)
そして声は届き始める
本作でも難しかったのは広報であった。そもそも市場が無い所にどうやって作品を打ち込んでいくのか。
これらを裏から支えてくれたのがノーミーツの広報チームは、今作でも一番多国籍なチームだった。小田切萌さん、佐藤瑞葉さん、オギユカさんというノーミーツを支え続けてきた3人に加え、ヨーロッパから前述の白浜さんとスロベニアから吉田妙子さん、中国からIris Yangさん、Zoe Jinさんが参加してくれたのだ。日中英3つのチームが別々の方向性で動いているものをまとめる作業は非常に大変な作業で、リーダーシップを取ってくれた小田切さんを中心とした日本チームの3人には頭が上がらない。
目指す先が難しい広報の中で最初から柱としてあったのは「上手くいくか分からない企画だからこそ、ちゃんと過程を出していこう」ということだった。オーディションの広報に力を入れたり、毎回の稽古ごとにその日のハイライトを上げていったり、感想を出していったり。一見地道な一つ一つの広報とPRの結果として、オンライン劇場ZAでの2,500人観劇という、当初の想定を超える人数の視聴数に繋がった。
Irisさんを中心として進めた中国向けの宣伝は、日本でも人気のあるコスプレイヤーのSherryさんに出演頂いたこともあり、様々な施策を練ることができた。その中でも企画の初期化から相談に乗って頂いていた中国インフルエンサーの山下智博さんには、キャスティングへの協力から、ご自身のbilibiliアカウントでの配信から宣伝への協力、さらには特別出演など、本当に広い分野での協力を頂いた。ここ最近の不安定な情勢下において、微妙なテーマの作品で、炎上もなく、中国において延べ12,000人視聴という素晴らしい数のお客さんに楽しんで頂けたこと、これは山下さん無しでは成り立たなかっただろう。
最も大変だったのは日中以外の世界に向けの宣伝だった。日本・中国と違い本当にゼロからのスタートだった宣伝は吉子さんに無しには成り立たなかった。エディンバラ演劇祭のオンライン部門への出演や、英語圏向けのSNS更新などチャレンジしたことは多くあったが、特にゲストハウスでの同時上演プロジェクトは、着実に海外にも広がり、最終的に世界各地からの宣伝協力及び上映会を実現することができ、フィクションであるこの企画が、現実とリンクした、本当に意義のある企画となったのだった。
劇伴もまた、「世界同時演劇」という営みを象徴するチームとなった。音楽プロデューサーである河原嶺旭さんは、日本で作曲家として成功していたにも関わらず単身で中国に乗り込み、中国でも作曲家・音楽プロデューサーとして大成。日本人アーティストはまず取れない中国の音楽プラットフォームでのトップ入りを経験している凄まじい方である。そんな河原さんと、中国から来日された作曲家のハン・テンコクさんは2人による音楽は、日本や中国、さらにはアラブやアフリカの伝統楽器までが合わさっていた。奏者にガチタンバリン大石竜輔さん、アンサンブルにハセガワダイスケさんという豪華な布陣で作られた音楽は、まさに「世界同時演劇」を象徴する音楽だったと言えるだろう。
稽古、そして世界と繋がった
こうして、様々な人の協力で始まった世界を繋ぐ稽古が始まった。
世界を繋ぐ稽古の大変さ、それはとにもかくにもコミュニケーションの問題に尽きる。連絡一本とっても3カ国語で、それぞれのツールを使わないといけない。通訳を挟むので稽古の時間も1.5倍になる。さらに、地球の反対側の出演者もいるため、稽古の時間は深夜と早朝が中心。都合のいい時間もバラバラで、国内なら何となくできたことに数倍の手間と時間がかかる。想定の数倍大変な過程だった。
役者さんの受け答えも人によって全然違う。基本的に日本の役者さんより主張は強く、我が道を行く人が多い。お互いの思いがちゃんと伝わっているかを確認するためにも、稽古はディスカッションの時間を多く取りながら進んでいった。
また、脚本は日本チームで書いていたからこそ、役者さんの感想、感覚を取り入れることを心掛けながら進んでいった。キャスティング決定後、各役者に取材を行い、本人の経験や現地の様子を吸い上げながら脚本を制作。出来上がったセリフについても、稽古の中で各人の思いや感覚を取り入れながら表現を微調整していった。オーディション前、稽古前、最終稿と進むにつれて、日本からの視点だけではない、地に足の着いた内容へとバージョンアップしていった。
そんな稽古場を支えてくれたのが、岩崎MARK雄大さんであった。
英語台本の翻訳者でもある岩崎さんは、各役者から吸い上げた内容を吸い上げ、脚本のクオリティ―をコントロールしてくださったのみならず、主役のオツハタをはじめ、役者さん全体の英語表現のディレクションも頂いた。それは第二の演出ともいえる内容で、岩崎さん無しに演出のレベルは上がらなかっただろう。また、中国語台本の翻訳者である呉珍珍さんも、オーディション宣伝への協力など、脚本翻訳を越えて影日向に作品を支えて頂いていた。
また、主役タカハラ役のオツハタさんの努力の挙げないわけにはいかない。不確定要素が多いからこそ、ノーミーツから最も近い存在であるオツハタが現場にいる信頼感は何物にも代えられないものだった。この劇で、オツハタさんは全てのシーンに出演し、しかもセリフの7割は英語という、本当にハードな状況だった。本人曰はく、決して英語が美味いわけではないオツハタさんが、たった一カ月でここまで劇を仕上げてきた背景にどれだけの努力があるのか、僕には計り知れない。
そんなコミュニケーションを経て、遂につながったなと感じた稽古がある。アレクサンドル役のチリの俳優、Evgenyさんとの本番前、最後のシーン稽古である。
Evgenyさんはチリ在住だが、元はロシア出身。今の情勢に誰よりも真剣で、オーディションの際から誰よりもこの劇にモチベーションを持ってくれていた方だった。その役柄は、主人公のタカハラの過剰になった自意識をいさめ、旅の本当の意味について議論をするというもの。物語中で唯一タカハラと口論をする役であり、山場の一つでもある、大切な役だ。
本人の思慮深い性格もあり、稽古は議論に議論を経て進んでいった。その最後の稽古で、「アレクサンドルはタカハラを責めている。でもそれ以上にれらの言葉は自分に向けた後悔でもあるんだ」と言った。
役への理解の深さを感じた小御門は「この役は僕の思想を一番込めた役。Evgenyさんにやってもらえて、本当に頼もしい」という言葉を伝える。
ここから今まで以上に役者の皆をリーダーのように仕切ってくれたEvgenyさん。結果としてこのシーンは劇全体を通じても最も印象的なシーンの一つとなる。
難しい役の難しいコミュニケーション。それを超え、遂に物語の思いが伝わったと感じた瞬間であった。
どこにいくのかは分からないが、私は今、向かっている
そして迎えた28日本番、ゲネでは無かった接続アクシデントなど、ヒヤッとする場面はあったものの、何とか無事終了することができた。
コメント欄は多言語であふれ、見てくださった人が皆、自分の旅路を振り返っていた。そこにあったのはまさに、僕たちが見たかった世界、そして思いが届いた姿であった。
本当に温かく見守ってくださった観客の皆さんがいたからこそ、この劇は完成しました。本当にありがとうございました。
小御門さんが最初の稽古で役者全員に言った言葉は、今でも鮮明に覚えている
世界同時演劇を作る過程は決して理想的なものではなかったし、僕自身反省すべきことも沢山あった。それでも、出来上がったもの、言葉が沢山の方に届いたこと、その事実は変わることはない。この物語のテーマのように。
ここまで長文を読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。是非本日から始まるアーカイブ配信をご覧になった感想を#LostandFound #世界同時演劇 にて発信頂けますと幸いです。