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私にとって「最初に入った会社が1番良い会社だよ」は呪いの言葉だった

「最初に入った会社が1番良い会社だよ」
「辞めて他のところに入ったらやっぱり最初に入った会社の方が良かったなって思うよ」

過去の私を苦しめていた言葉です。もはや呪いの言葉でした。この言葉は私の母から「励まし」という位置づけでかけられていました。更に私は自分自身にこの言葉を繰り返して呪いをかけました。

「お前(私)にはこの場所しかない。ここを辞めたらもう拾ってくれるところなんてどこにもない。今の仕事をとったら私は何も価値がない」
本気でこんなことを思っていました。

ある日、「もう無理だ」とあっさり認めて、自分自身がこれからの人生をどう生きていきたいか、転職を含め考え行動して、私は1番最初に入った会社を退職しました。

この「もう無理だ」というサイン、その時はじめて出てきたというわけではありません。

呪いとは本当に恐ろしいもので、
どんなにボロボロでも、どんなに傷ついていて悲しくて「もう嫌だ」「もう無理だ」と思っても、自分自身にかけ続けた呪いの言葉で、違和感だらけの中、ボロボロで泣きながらも、その中で頑張ることができてしまうのです。

「サイン」は既に1年目から出ていました。

朝、目が覚めてベッドから起き上がる。2階の私の部屋から1階に降りて仕事に行くための準備をしなければならないけど、階段まで来て、足が進まない。足が動かない。ただずーっと階段を見つめていました。

「ここから飛び降りたら、会社に行かなくて済むかな?」

階段を見つめながら本気でこんなことを考えました。けど数分したら、骨折は痛いし、当たり所が悪くて寝たきりとかになるかもしれないからやめようと思いとどまりました。

これはインスタにも書いたことがあるんですけど、
新人のときの私は、あまり好きになれない、関わりたくないなと思っていた同期の子となぜか同じ課になってしまいました。

私は一部の人に「こいつは何を言っても何をしても絶対に怒らない」と勘違いされるのですが、その同期の子がまさしくそうで、関わるたびに、会話をするたびに嫌な気分がしてたんですけど、本人は気づいていませんでした。
彼女に「こいつには何をしてもいい」と思われてるので図々しいお願いや「いや、私の話聞いてた?メールもしたよね?」と聞き返したくなることもしょっちゅう。

加えてその子は「可愛がられるタイプ」で、一方私は当時気づいていないものの最初からこの会社に合っていなかった「違和感だらけの可愛げがないタイプ」でした。

どんなに些細なことでも、蓄積されたら大きくなるし、それが明らかに比較されてるものや理不尽なものであれば、辛いです。理不尽が基本にあるから、どんなに言葉や態度に気をつけても、頑張っても無理でした。些細なことは積み重なり続けました。

ある日、その些細な傷つきが積み重なって自分の天井に達したようでした。我慢の限界がきて私は家に帰り寝る前に「何で私ばっかり言われるの!!!」と自分でもびっくりするくらい泣き叫んだことがあります。「え、こんな大声出すくらい溜まってたんかい?」と驚きながらも、わんわん泣きました。

それからも体調不良とかのサインは出たけどごまかし続けました。もう嫌だと思う度に呪いの言葉を使い続けました。
「最初に入った会社が1番良い会社だから」はぼろぼろになった気持ちを奮い立たせ、それこそ私自身を支えるほどの力を持っていました。

一緒に仕事をした方(この方ももう退職してます)に「今だから笑って話せるんですけど」という笑い話としてサインの話をしたとき、「それ、やばいよ。危ない。大丈夫なの?」と心配されました。

「理央さんは新卒でこの会社に入ったから、ここが基準になってしまってると思うんだけど、ここ、本当におかしいよ。気をつけて。無理しないで」
この会社がおかしいと思っている私が1番おかしいと思いながら呪いの言葉をかけ続けていた私は、どこかホッとしていました。

「転職」というものをぼんやりと考えるものの、行動に移すまでに至りませんでした。「こんな自分をどこが雇ってくれるんだろう」と、呪いの言葉に引きずられる思考が巡っているからです。

そんな私がどうやって呪いから脱したかというと、単純に呪いより違和感が勝って拭いきれなくなったのと、今まで嫌でたまらなかったものは自分から縁を切って、それでよかったことが多かったので、「もっと自分の勘や感覚を信じてみようかな」と思ったからでした。

私は「このモヤモヤと違和感は異動したら解決する」と思ってたのですが、いくつかの課で仕事を経験して、仕事をしたい部署や、こんな仕事がしたいと思うものはもうありませんでした。
一緒に仕事をしたい人もいなくなっていきました。お世話になった上司は定年で退職されたり、先輩や取引をしていた業者の担当者さんで、お世話になった方も退職や異動をして会うことや仕事で関わることもできなくなりました。
もうこの会社に対して「~したい」という意欲が全くないことに気づいたし、自分が持ってるモヤモヤって異動して解決することじゃないんだ、とわかりました。

この時、BTS(防弾少年団)のファン=アーミーになっていた時期とも重なってたんですけど、当時よく聴いてたのはTomorrowと불타오르네 (FIRE)で、負けてもいいから諦めないで、と言ってくれてる気がしてました。(ここで載せたいだけの映像をのせる)

自分のやりたいことに向かっての行動を続けることができたのは、バンタンのおかげでもあるんだよなぁ…としみじみ思います。


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最初に入った会社が1番良い会社だなんて迷信。幻です。自分で行動してみてよくわかりました。
世の中には驚くほどの数の会社・組織が存在しているのに、1番最初に自分自身にとって最上級の会社に出会って入社して仕事できる可能性なんて1より0の方が近いくらいですし、最初に入った会社が1番良い会社がまかり通るのなら、この世に「転職」という言葉は存在してないと思います。

親は心配だからこそ、大切だからこそ言葉をかけます。私もよくわかります。あの言葉は母が私を想ってくれて言ってくれた言葉だったのだと。
私は転職するときに最初は母に反対されて堂々巡りの長電話をしたことがあります(^^;)
その会話の中でも「最初に入った会社が1番良い会社なんだから」と言われ「みんなそう言うから」と言われ…。私もともと「みんなやってる」「みんな言ってる」が大嫌いで「みんなって誰だよ」って思ったし笑、「そんなに私のことを信じてくれないんだ。あの言葉だって心配とみせかけてただの支配じゃないか!」と思って言い合いになったこともあります。
けど、最終的には自分自身の人生だし、もしダメでもまたやり直せるしと言ってくれました。転職して今は期限つきの会社員ですが、決まったときは喜んで、安心してくれたし、前の会社より雰囲気や仕事内容も自分に合っているので「よかったね」と言ってくれてます。

親の言葉だからという理由で、自分の気持ちの中にある払拭できない違和感やモヤモヤを無理矢理潰してほしくないし、違和感を持つ自分自身を責めないでほしいのです。
親と自分自身は入れ替わることができません。自分自身の感覚を1番近くで気づいて、わかってあげられるのは、自分自身です。そして自分自身の感覚をもっと信じていいんです。

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理央
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