巣篭もり記

いつまでもiPhoneで長文を打つことに慣れない。iPhoneで打つのはせいぜい140字で十分だ。
ここひと月ほど、ありがたいことに平日休日関係なく用事が入っている。
家は帰って寝るためだけの空間になり、気づけばあちこちがいつまでも夏に取り残されていた。
(記憶にあるかぎり)ひと月ぶりの、何もない休日。
--”何もない”訳ではないのだが。
家にいれば、それはそれでやらなければならないタスクがたんまりある。
やらなければならないこともあるが、やりたいことはそれ以上にあった。
はみ出たものを拭き取り、欠けた部分を補充する。
そうしてようやく過不足なくなって、新しく前に進むことができる。やりたいことができるようになる。
この土日は貴重な「帳尻合わせ」の日。

 冬物の敷布団を出した。布地は化繊であった。鼠の毛並みのような色で、撫でるとほんのり温かい。
去年も、一昨年も、その前も使っていた布団である。仕舞い込んだのはつい3ヶ月ほど前。
無精者である私は敷布団と毛布を同じ圧縮袋に入れていたようで、まずは敷布団だけのつもりが寝床が完全に真冬仕様になってしまった。
昨日まで、今朝まで、夏の接触冷感敷き布団で寝ていたのに、である。温度差で風邪を……いや、そのままでいる方が風邪をひくのだが。
敷布団を変えるのが重労働であることに間違いないが、それ以上に今まで敷いていたものをしまい込む方が大仰である。
まず、洗わねばならない。洗って干して、圧縮袋に入れて、掃除機のノズルを差し込んで、ぺったり紙のような状態にするのだ。
面倒臭い。半畳ほどしかなく、隣のマンションとの距離が2mない狭い我が家のベランダでは布団を洗っても干すことができず、コインランドリーに行くしかない。
コインランドリーの近くには美味しい洋菓子店があり、まだ食べたことのない焼き菓子に思いを馳せた。
焼き菓子とコーヒーを買って、本を携えてコインランドリーで洗濯が終わるのを優雅に待つのも良いかもしれない。
スマホで確認した洗濯機の空き状況は問題なく、今から持っていけば十分洗える。でも。ああ、いや。面倒臭い。
いつもそうだ。あとは袋に入れて着替えて靴を履いて外に出るだけ。化粧なんてしなくていい。でも、そのために動くのがしんどい。
いつもそうだ。もうあとちょっとのやる気が出ない。あとで後悔することは、自分が一番よく知っているのに。

ひとまず今日の、明日の、これからの寝床を暖かくすればそれで良い。
ということで夏の敷布団はその辺りに放って、寝床を完璧に冬仕様に仕上げた。
冬が終わるまでは生きていようと思った。生きてさえ、いればいいのだ。

 絵の依頼をこなす作業中に、ずっといろんな人に勧められていた「大豆田とわ子と3人の元夫」を観た。1日で全10話完走した。
坂元裕二の脚本を、手放しで「好き!」と言えないのはなぜだろう。
真実を見透かされていて癪に触るのかしら。
何かに気づかせようとしてくる。見えないものを、見ようとしていないものを、あえて目を逸らしていることに対して「いいんだよ」と勝手に寄り添われる気持ちになるからだろうか。
目を逸らしていることに優しく寄り添いつつ、「でもいつかは見たほうがいいよ」とやんわり釘を刺してくる。寄り添われることが救いになる人もいると思うし、だからこそ人気を博しているのだろう。
気づきを与えようとしないでほしい。
勝手に考えるから。自分で気づくから。
わかったような顔をして隣に座られることが何より嫌いだった。
およそ日常で出てくることのないセリフたちは、事実第四の壁を越えて視聴者に向けたもののように聞こえる。
言葉という、どう足掻いても虚飾になる事を免れないツール。
外面だけが一人歩きして、その内容は置き去りになる。
ドラマだしな。わかってはいるんだけどな。
同じ坂元裕二脚本でも、カルテットは好きなのに。
迷っている人の物語が好きなんだと思う。
迷って、前に進もうとしている人。
まめ夫も、岡田将生の役はとても好きだった。
(顔が天才だからかもしれない)

そう、松たか子の出立ちはとても美しかった。
どんな時でも美しい色、美しい仕立ての服を着て颯爽と歩ける女性。
経済的にも独立していて、「1人で幸せになる」ことを目指すことができるあっけらかんとした強さを持っている。
登場人物ほとんどが彼女を素敵な女性であると認めている。その中には無論彼女自身も入るわけで。
彼女だからこの物語が成立するんだよな、松たか子だからな、という気持ちもある。大豆田とわ子役が、もし松たか子以外だったらどうだろう。深津絵里や、中谷美紀だったらどうだろう。
そこまで考えて、きっとmameがヴァレンティノやドリスやFETICOに変わるだけだと気づいてやめた。
ああ、美しく強くなろう。
テンポ感や役者さんの演技が素晴らしかったです。
なんだかんだ、また観るんだろうな。
手放しで好きと言えないけれど、嫌いでもない。
わかっている、脚本を学んでいた身だからこその嫉妬だ。
嫉妬と憧れは紙一重。やりたかった道、やれるかもしれなかった道。
あり得たかもしれない世界は眩しく、直視できない。

しんどくなってきた。もうちょっとだけ書くつもりだったけれど、ここまでで一旦やめておく。
やらなければいけないことは大体できた。
やりたいことも、そこそこできた。

1人暮らしを始めて、本当に一人ぼっちになる時間が増えて、己と向き合う時間が増えた。誰にも気兼ねなく過ごすことができるようになり、全てが自分の責任になった。1人で生きていける。1人で生きていけるけど、誰かといるときの暖かさを、楽しさを知ってしまった。

なんで人間って何歳になっても寂しくなっちゃうんだろうね。

そうこうしているうちに、好きな人からLINEがくる。
嬉しくなって、すぐに返信する。
ねえ。布団を冬仕様にしたよ。温かいよ。
勧めてもらったドラマを観たよ。話したいことがたくさんあるよ。

私はいつだって、あなたに会いたいと思っているよ。
今、その返信を待っている。

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