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逆らえるピラニア#39

尊敬する女上司が、あるとき赤ワインを飲みながらしてくれた話がある。

「さかもとさん、水槽の中でピラニアと餌になる普通の魚を共存させる方法知ってる?」

どうも、私はピラニアとして例えられているらしい。

「水槽の中に、透明の板を入れておくの。向こうを泳ぐ魚を食べに行こうとしたらぶつかってしまう。食べたいと思うと痛いって学ぶの。だからピラニアは、食べることを諦める。しばらくそうすると、板をとっても、ピラニアは魚を食べにいかなくなるの。そうやって共存させることができるのよ」

そういった女上司は、ワインをまた一口のむと、感情をこめて、

「でも、さかもちゃんはね、何度も何度も板にぶつかりにいくのよね~!傷だらけになっても!」

と笑っていうのだった。

社会人一年目の私は、決して美人ではなかったが、若さと女を武器にし、さらに宴会席のたちまわりが上手かったので最強だった。

ただ、編集の仕事がしたくて縁もゆかりもない北陸の会社に入ったのに、ついたのは営業職。しかも堅い住宅営業。

しかし、現場に出てみると、不動産のおじさんたちとの相性は、そこそこよかった。

「お前はなんにも知らないな~」

そりゃあそうよ、もっと大事なものがあるもの。

「もっと社会人らしくしろ」

え?これでも大学時代のギャル友達の中で一番地味なんですけど。

「派手だね…」

注意も、警告も、全然身に染みていなかった。

優しすぎる上司、茶髪に紫色のネイルをした新卒の私。

広告代理店って、こんなもんでしょと言わんばかりの恰好で営業に回っていた。

どうせ2~3年で都会に出るからと腰かけ気分満載で、未来はなんでも選べるし、最高&最強だと思っていた。

社会人一年目の私は、そうやって親や友だちからもらった自己肯定感を動力に動きだすことができた。

でも、そんな無敵モードの私は、自分のやりたかったことができないまま、何度も見えない板に頭をぶつけることになる。

何度ぶつかっても、傷ついても、ちょっとやそっとじゃ揺るがない自信がエネルギーとなり、私の心が空っぽになるまでいつもなにかにぶつかり続けていた。

自分がまわりからどうみられているかを知るのは、心の中が空っぽになる5年後、上司にその話をされたとき。

強いままでは営業から編集に変わることができない、営業職をするエネルギーも切れてきたころだった。

社会人1年目だった私は、33歳になり、あのころからもう10年がたつ。

社会人1年目の私へ、

そのまま、好きなことを好きなようにやってくれ。

そのときできた同期と、この秋また集まることになった。

そのときぶつかって学んだことが、今の仕事に生きている。

そのとき泣きはらした失恋が、コラムになって読んでもらえる。

そのとき北陸にきたことで、旦那とも出会えた。

迷わなくていい。

好きなようにやってくれ。

頭を何度ぶつけても、心が空っぽになっても、そばに誰かがいてくれる。

私は、すごく弱かった。

でも、だからこそ、その歯を食いしばった経験が、あとの私を助けてくれた。

迷うのは当たり前だ。

今も迷っている。

でも、今はもう、頭を何度もぶつけてすすむことはできない。

社会人1年目の私へ、あの会社に入る選択をしてくれてありがとう。





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