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無機質な男たち#小説 #2話目

仕事を早く終わらせて、お気に入りのフレンチで赤ワインを一杯飲む。

仕事が遅い渋井は、バーが開く時間まで仕事をしているだろうからゆっくり一人で腹ごしらえだ。ピザと黒豚のステーキをゆっくり食べる。

一度元カノを連れてきたけど、ひとりでくる方が落ち着くのはなぜだろう。頼む割に食べないなとか、料理が出てくる度にとってインスタにあげてるなとか、そいうのが気になって仕方なかった。

俺は気にし過ぎなのだろうか。心が狭いのだろうか。それくらい普通なのだろうか。

ニコニコ笑っていたけど、違和感が積もっていったのは彼女だけじゃなかったのかもしれない。そんなことを思いながら、肉をほおばる。やわらかいく、肉汁が口の中に広がり、幸せな気持ちになっていた。ふと、元カノのことはどうでもよくなる。

俺の好きな店、好きなメニュー、酒、食べ方、夜の過ごし方が、ひとり仕様に戻ってくる。ちょっとの寂しさと、解放感。そして、ひとつひとつそれをなぞっていくと、ひとりのほうがしっくりくる。俺の愛すべきものが、俺の手に戻ってきた感じがする。

お金もひとり分でいい。だめだ、よかったとすら思ってきた。同時に、不安にもなる。こうやって、自分を満足させて生きていくことが当たり前になって、俺の好きなものや好きなことを分かち合い、共に楽しんでくれる人がいない人生だとしたら、少し寂しいのではないかと。

付け合わせのコーンをソースにつけてかじりながら、赤ワインを流し込み、もう一杯お代わりした。

店を移動して、渋井と待ち合わせたバーに着いたのは21時半。開店と同時に来た俺に、マスターはびくっとした。

「お疲れ、えいちゃん。何にする?」

「チンザノロッソお願いします。あとで渋井も来ます」

「オッケー、つまみはガトーショコラとチーズケーキどっちがいい?ナッツもあるよ」

「ガトーショコラで」

カウンターに腰をかけて、暗いカウンターでおっさん同士が向かい合う夜の始まり。ときめかない。だが、しかしとても心地いい。居心地のいいバーは、倦怠期の彼女といる部屋よりよっぽどいいななんて考えて、あの状態が倦怠期だったと思い当たった。

しかし、今気づいても打つ手なし。俺は大体気づくのが遅いし、わかったころには手遅れで、女の子は手の届かないところにいる。それをちょっと寂しいとか懐かしいとか思いながら、酒を飲んでヘラヘラ笑って、そして忘れていく。

ゆっくりとアルコールが染みる。甘いガトーショコラに癒される、俺の癒しは、なぜおっさんのおもてなしなのだろうなんて考えながらつい口が軽くなる。

「渋井が言うと思うんで、先言いますけど、最近彼女と別れたんです」

「あの、2回連れてきたキレイな市役所勤めの子?」

「そうですね。なんかキレイかはわからないですけど。フラれちゃって」

「えいちゃんでもフラれるんだね」

「俺はフラれる専門ですよ、ここ5年くらいはずっと。何考えてるかわかんないって」

「そうか~女子にはそう見えるんだね。何も考えてないだけっしょ」

「ん~何も考えてないわけではないですけど、彼女たちが思うほど、考えてないんでしょうね」

「わかって欲しいよね、男はあんまり何も考えてないってこと。そこ掘ろうとしても何も出てこないってこと。飯と、好きな音楽とか、服とか、靴とか、そいうことは考えるけどさ。仕事と女はないとこまるけどあんまり考えたくないんだよね」

「ですね」

俺は安いウイスキーを頼み、最近買ったALDENのブーツの話をした。いい大人は、気を抜くと、すぐ自分を満たして幸せになってしまう。

少しの寂しさは、夏から秋に変わる寒さくらいのもので、服を着こむように好きなもので満たせばばすぐ忘れられる。だんだんと、そんな痛みにも慣れてきて、その度に心の壁は厚くなっている気がする。

俺は誰かに心を開けるようになるんだろうか。頭をよぎったが、考えたくなくて、ウイスキーをあおった。


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