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地図にない島 #1 再会

驚いて、手にしている物を落とす。
よくマンガや小説に出てくる光景だが、そんな反応になるわけがない。

ずっとそう思っていたが…たった今、思い込みだったと、わかった。

飲み口を開けたばかりのホットコーヒーは、つるっと手から抜け落ちて。
靴先が熱い液体を被ったことも、遠い認識だった。

言葉が出ない。

そんなぼくを見て、目の前に立っている「それ」は、ひょいと首をかしげた。

「そこまで驚かせたとは」

口からではない、別のところから響いてくるような、その声。

津波のように…いや、むしろ噴火のように。
過ぎ去った記憶が、奥底から噴き上がってきた。

「おまえ......ネプラ...?」
「いかにも、その通りだが。
ふむ…他に、吾輩と見まごうような者に知り合いがあったかね?」

いや...いやいや、そうじゃない。
ぼくはさっき、コンビニから出てきたところで、立ち止まり、コーヒーを開けた。
自動ドアを通るときは、前には誰もいなかったし、何もなかった。
スマホをポケットに入れ、蓋の飲み口を開ける、ほんの十数秒の間に。
こいつが、目の前に立っていたのだ。

こいつ。
ネプラ。

彼は、カラスだ。

首から下は、人の姿をとっている。
首の上にのっているのは、ツヤツヤの黒い羽毛と金色の丸い目。
そして、真っ黒いクチバシ。
ああ…腕は、翼のままだ。
昔と同じだ。

「きみは、少し前はもっと可愛かったような気がするが…人は変わるのが早すぎて混乱する」

霧のネプラ。
彼の姿は、ぼく以外には、見えていない。
彼は、光を曲げてカモフラージュする霧を常に身にまとっている。

ぼくは、空を仰いで深呼吸した。

太陽が、まぶしい。



出てきたばかりの自動ドアをふたたび通り、コーヒーを買い直した。
一回り大きいサイズに変えて。

ネプラは、店の外で待っている。
彼は、人間の...とりわけ、市街地の建物の中には、入りたがらない。

昔から、そうだった。

コンビニから10分ほど歩くと、公園がある。
朝夕は犬の散歩やジョガーが行き来するが、今は人の気配はない。
今日のぼくは、平日休みを利用して、のんびり過ごしているところだった。
大手の書店や博物館をまわり、日常の買い物をして...と、計画というほどでもない予定をいくつかイメージしていた。
しかし、もはや、そんな状況ではなくなった。

「ビルの中は嫌だろ? ここで我慢してくれよ」

なにを平然としゃべってるんだ...と、自分でも思う。
しかし、最初の衝撃が通り過ぎた今。
そう、記憶の噴出が一段落した今。
ぼくには、彼が害意ある存在ではないと、わかっている。

なにしろ、彼は。
最高の、友人だったのだから。

ぼくと、おじいちゃんの。


つづく

 


 
 
 

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