新世界建築ー「重力」を手に入れた街
未来の人たちはどんな建物で生活をしているんだろう?未来の世界はどうなっているのだろう?誰でも一度はこんな妄想をしたことがあるのではないでしょうか。
建築クリエイター集団NoMaDoSでは、建築を自由に拡張して、未来を実験するために、様々なコンテンツを開発しています。
新世界建築は、NoMaDoSが様々な時代・環境・条件を妄想して生まれた世界観、緻密な居住キャラクター設定、そしてそこから生まれるかつてない自由な建築アイデアです。
アインシュタインはこう言いました。“Imagination is more important than knowledge. Knowledge is limited. Imagination encircles the world.”(空想は知識より重要である。知識には限界がある。想像力は世界を包み込む。)
新世界建築によって、建築が持つ無限の可能性を皆さんに届けます。
重力をコントロールしよう
「フィクションは、我々が真実を語るための嘘である」
これはフランスの作家アルベール・カミュの言葉である。いつだって、虚構の中にこそ真理が眠る。その信念の下、この”新世界建築”の連載では、一級建築士とクリエイターがコラボして、「もしも」の視点から、未だ見ぬ未来の物語を創造していく。
今回の物語は、もしも僕たちが重力をコントロールできるようになったら。
僕らは近い将来、重力をハックする
地球上にいるかぎりは、あらゆる者が重力の下にいる。空気のようにあって当たり前の存在だ。
そんな重力を制御する方法を、アインシュタインはじめ、数多くの科学者がこれまで追い求めてきた。2019年現在、例えば、超電導体コイルの磁場による重力場の操作の可能性についての論文が発表されていたりする*1。
僕らが重力をハックする日は、近い将来まで迫っているのかもしれない。もし人類が重力から解放されたとき、この地球では何が起こるのだろうか?
今回は、日本の都市「川崎」を舞台に、重力から解放された独立自治区の物語を描いてみた。重力を超えた人類はどのような都市を創造していくのだろうか?
*1 2016年 ナミュール大学 アンドレ・フースファ教授
ある日、「ネオ川崎」は生まれた
「それ」は知らずのうちに出来上がっていた。
時は20X0年、舞台は日本・川崎。京浜工業地帯の一角を担う工業都市の顔がある一方、公害問題、外国人労働者による犯罪の多発、ある区画では国内最大級の「不法占拠」違法建築物が並ぶなど、歴史上、川崎の街には光とともに闇が存在し続ける。
そんな空気が2010年代にはヒップホップとして昇華され、現在では「川崎サウスサイド」と呼ばれる川崎南部は、ジャパニーズヒップホップの聖地として崇め奉られている。
「それ」はそんな闇が結集して生まれた。都市部の人口密集という社会背景、そして川崎の備え持つヒップホップな精神が生んだ、新たな川崎。「それ」は巨大な違法建築群である。
「街の上に街ができる」
いつか誰かが思い描いたおとぎ話は、重力を逆転させるテクノロジー「GRAVIDET(グラビデ)」の違法利用と、建築基準法に縛られない「闇建築士」の暗躍により、現実のものとなった。日に日に膨れ上がっていく川崎を、公権力は腫れ物に触らないように静観する。
川崎を止める者は誰もいなかった。ゴミ屋敷が拡大していくように、少しずつ、少しずつ、イリーガルな領域は拡大し、川崎は独自の自治を広げていく。ある日、上空にそびえ立つ川崎を見上げ、誰かがつぶやいた。
「川崎、まじネオ川崎じゃん」
『AKIRA』のサイバーパンクを彷彿とさせるビジュアル。そんな空気を上手く言い得た言葉が、スラングとなってインターネットを駆け巡り、いつの日か正式な呼称として定着した。違法建築群であり、事実上の独立自治区「ネオ川崎」が生まれた瞬間であった。
一つの部屋から始まった「空間」の再編集
ネオ川崎はどのようにして生まれていったのか。「街」の概念をも覆すような大転換を生んだムーブメントは、川崎内のたった一つの部屋から生まれた。
慢性的な土地不足と人口過密。たった7畳しかない部屋で複数の人間がともに暮らす生活。文字通りの閉塞感が立ち込める中、彼らが向かったものは、「空間」の再編集だった。
「もしも壁に寝転ぶことができたなら……もしも天井に本棚を置くことができたなら……」
奇しくも、そんな空想に時代は応えた。「GRAVIDET(グラビデ)」とは、人間の意図によってコントロールできる人工の重力場を発生させる装置。その仕組みは、超電導体コイルの磁場によって重力場を特定の空間内に自由自在にデザインできるというものだ。GRAVIDETは小さなガチャカプセルくらいのサイズで、それ自体の重力制御により宙をふわりと浮かんでいる。
当然のことながら、GRAVIDETの使用は法律により制限されていた。許されていたのは、宇宙開発として国局から認可が下りた場合と、一部の工場にて厳格な安全性のチェックのもと認可が下りた場合のみ。
このGRAVIDETが川崎のある宇宙船工場から流出したところから、物語は動き出す。
「俺たちにはまだ足をつけていない”暗黒大陸”があるじゃないか……!」
一つの部屋に住まうルームメイトが、志を一つに走り出した。エンジニアが居住空間に適応した重力場をデザインするためGRAVIDETに独自のチューンナップを、建築家があらゆる「面」を利用して生活できるように部屋を違法改造した。
そして、ついに部屋の中央に、GRAVIDETを設置すると、ある者は「壁」に立ち、またある者は「天井」に立ったのだ。彼らは確信した。
「俺たちが手に入れたのは土地だけじゃない。人類の新たな次元を手に入れたんだ」
彼らは部屋を飛び出し、次々と他人の住居の重力デザインを手がけていった。彼らは反重力のインフルエンサーとなり、彼らの重力デザインは住居を超えて街自体にまで及ぶようになった。
上下左右360度に立ち並ぶ集合建築。生活が多次元化していく川崎市民。ネットを飛び交う「まだ床だけで生活してるの?」の煽り文句。レペゼン川崎を自認するヒップホップクルー「anti G」の出現。
そうした反重力ムーブメントは、これまでの閉塞感を吹き散らすかのように街全体を駆け抜けた。宙を浮かぶユートピア「ネオ川崎」の誕生までは秒読みである。
ちなみに、重力デザインを施して作られていく彼らの建築は、現代の建築基準法で想定している建築とは別次元だ。ゆえに、法律上は「違法建築」である。
「建築基準法なんかじゃ、この街を守れっこねぇんだよ」彼らは時として「闇建築家」と揶揄されながらも、今も拡大し続けるネオ川崎の中心で、建築を続けている。
重力の「ある」生活
反重力ムーブメントの結果、事実上の独立自治区となった現在のネオ川崎では、「重力のある生活」が営まれている。
洗濯物は空に向かって垂れ上がり、風船は下に沈んでいく。ブランコは横に吊られて、日光は斜め下から差してくる。隣の部屋へ移動するための開口部は床(とかつて呼ばれていた面)に連続している必要はなく、ソファは壁(とかつて呼ばれていた面)に張り付いている。
また、一般的には部屋の気温は、床に近い高さが冷たく、天井近くが暖かいが、各面に重力が働いている部屋では、部屋の体積の中心が暖かく、面近くが冷たい。
照明の設計も従来とは大きく変わった。天井に設置されるタイプの照明は、壁や天井に立つ人間からは視界を遮るほど眩しく、かつその面が使えなくなるので、限定的な範囲を照らす小さな照明が部屋にポツポツと置かれ、間接照明が多用されるようになった。
そのほか、カーテン、衣類、水など、従来家の中で重力によって垂れ下がる形で安定していたものは、リデザインする必要が生まれた。こうして人類は重力を操作することができるようになった結果、これまで無意識下にあった重力の存在を改めて認識することになったのだ。
重力なき時代の子「面世代」
独立自治区では、新人類が生まれた。それが「面世代」という人類史上新たなカルチャーを備え持つ人種である。
多次元での生活しか知らない面世代には、生まれながら床、壁、天井という概念はない。ある状態においては、床が天井であり、またある状態においては、壁が床でありうる。あらゆる「面」が相対的に価値を持ち始める時代の到来により、従来の人類が持っていた「方向」という共同幻想も崩壊することになった。
「お前にとっての右は俺にとって左だ。わかるか?」
面世代が生きているのは「上下左右」すらも相対的な基準になった世界だ。ゆえに、「上下左右」はあまり意味を持たない言葉になった。面世代では、方向の指標としては「東西南北」に加えて「天地」を使用する。
また、そうした世界観はユースカルチャーをより「立体的」に導いていく。ファッションは前方後方からの美しさだけではなく、天地を含めたあらゆる方向からの美しさを求められることになった。他人の脳天を眺めることも増えたため、「つむじ美人」「つむじフェチ」などという言葉も生まれた。
さらに、皮肉にも自由重力が面世代にもたらしたものは、地球の重力に対する意識である。
「マジ地球に感謝っすよね」
面世代にあるのは、自分たちは地球によって生かされているという思いだ。日常的に面から面へ移動し、自分の力ではコントロールすることのできない「力」に身を委ねているという実感が、彼らの自意識をゆすぶり、地球に対する敬意につながる結果となった。
重力なき時代の子、面世代。時に彼らは、サーフボードで街に寄せる重力の波に乗り、またある時は、多面的な視点から世界を見つめ新しいアートを重ねていく。
面世代以前、人類は無意識に思考の「重力」に縛られていた。面世代が現在も拡張し続けている「ネオ川崎」は既存世界を超越していく新人類の象徴となり、そして人類はさらなる"暗黒大陸"に足を進めるのであった。
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※この物語はフィクションです。登場する地名・技術・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※今回の作品を制作するにあたり、姉咲たくみ氏の作品に出会い、参考にさせていただきました。
企画・イラスト:吉川尚太郎
編集:稲田ズイキ
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