いるかホステルへようこそ
【SHORT STORY】
『裸足の三つ編みの少女をめぐる冒険』
@いるかホステル
(富山市 奥田新町 ボルファート富山3f)
#
その日は富山駅近くのホステルに泊まることになった。
「いるかホステルに、ようこそ。」
フロント係の三つ編みの少女が、裸足で僕をルームへと案内してくれた。
彼女の後ろ姿をその間、僕はずっと眺めていた。
貝殻のピアスがユラユラ揺れる彼女の綺麗な左右の耳は、完璧なシンメトリーだった。
「迷路のようなホテルですから、お気をつけてお過ごし下さい。」
そう言って三つ編みの少女は小さな紙を僕に手渡してくれた。
その紙にはチェックアウトの時間や出入り口のパスワード、ホテルでのいろいろなルールが手書きで箇条書きされていた。
少し全体的に丸っこいが、とても読みやすい几帳面な字だ。
僕に当てがわれたベッドは、ドミトリールームに置かれている2段ベットの下段で、それは蚕棚によく似ていた。
(やれやれ。。)
靴を脱ぎ、僕は狭い蚕棚のような空間の奥へと、立ち膝で移動した。
濃いブルーのカーテンを引くと、ベット(個室と表現するべきだろうか?)は案外と静かだった。
まだ他の宿泊客は到着していないのか、あるいは今夜の客は僕ひとりなのだろうか。
ドミトリールームにはまるで人の気配は無かった。
木製ベッドの天井は何かの色に塗られているが暗くてよく分からない。
なんだか、僕は暗い海の底で一人ぼっちになってしまったような気分でマットに横たわり深く息を吸った。
でもきっとこうしている間にも「世界」はお構いなく、ぐるぐる廻っているのだ。
(ため息。。)
今夜は古い友人である羊男と、総曲輪(そうがわ)の蕎麦屋で落ち合う予定だ。
“羊男”はもちろんニックネームで、羊のような誠実さと静けさをたたえた男だ。
地元の上市(かみいち)市でプラスチック加工用品の製造工場を経営をしている。
それから歓楽街「新世界」の何処にあるという、北海道厚岸(あっけし)産のウィスキーが飲めるバーに繰り出そう。
それで深夜、いるかホステルに戻ってきたらパスワードを入力してドアを開け、また自分の蚕棚のベットに潜りこめば良いのだ。
そうして明日はまた僕にまったくお構いなく、東の空にお日様は登るのだろうから。
(やれやれ。。)
※「いるかホステル」はJR富山駅近くにある、安くて快適なホステルです。
ホテルライブラリーは村上春樹本ばかりで、ハルキストの方にとくにお勧めいたします。
なお、文中の写真は「いるかホステル」とはとくに関係ありません。