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ババロアと鎧。
地元は本当になんも無い。駅前のイオンの家具売り場はなかなか楽しい。けどそれくらい。それでも自分の家は自転車でガチれば駅まで一時間半で行ける距離なのでマシで、もっと奥の方はガチっても心が折れるほどのガチらしく、道に鹿とか猿とか余裕らしい。
だからいつもスマホとにらめっこをしてる。最近はホストクラブの面接のショート動画をよく見てる。なぜ仕事の面接なのに喧嘩をするのだろう。都会こわすぎる。というか新宿って本当にあるのだろうか。都市伝説なんじゃないか。そんなことを考えながら家具売り場のソファーにずぶずぶ埋まり、コーラを飲んでたら怒られた。
いろいろ配信を見ていたら、自分でもできるんじゃないかと思い始めた。スマホがあればとりあえずできるらしい。面白いことをできる自信はないが、こちとら女子高生という、期間限定の無敵のブランドがある。飽きたらやめればいい。やらない後悔よりもやる黒歴史。
雑談配信で普段考えていることや、最近好きなものをつらつら話していると、面白がってくれる人がけっこういた。他の配信者と比べると少ない数だが、自分を推してくれる人がいるの、あらためてすごくないか?何の変哲もない、ただの女子高校生の自分に。女の子のリスナーは特に大事にしたい。同性からかわいいと言ってもらえることほど、嬉しいものはない。
最初はスマホで配信してたが、お年玉やサンタさんやイオンの家具売り場のバイト代を駆使して、今の配信部屋を構築した。「好き」で埋め尽くされた部屋にいると幸せな気持ちになる。とても気分が良い。コーラがうまい。
配信のときはバチバチにオシャレをして、バキバキにメイクをする。こういうお洋服を一度着てみたかった。我ながら鏡を見ると別人だ。本当にこれは自分なのか?あまりにもかわいい。かわいいがすぎる。クラスの友だちにも、この姿を見せたことはない。
この姿で配信をしていると、「本当の自分」とは何なのかと、ふと考えてしまう。
「ありのままの自分をさらけ出して他人から愛されたい。なんていうのは、甘ったれた考え方だ」みたいなことを三島由紀夫が本の中で言っていた。コンプレックスの塊だった三島は、鍛え上げられた肉体、そして知識と教養という鎧で身を守っていた。わたしの場合は、普段はとてもじゃないが着られない、このかわいいお洋服とメイク。「ありのままの自分」とはババロアだ。ババロアは鎧で守らなければ、簡単に崩れてしまう。
クラスに田中という目立つ男子がいる。いつも情けない自分をさらけ出し、方言を平気で使うとても恥ずかしいヤツ。そして、みんなからとても愛されている。そんな田中がたまらなく憎かった。田中は、「ありのままの自分をさらけ出して他人から愛されている」のだ。そんなことがあっていいのだろうか。いいはずがない。田中はわたしが永遠にできないであろうことを、平気で、できて当然のようにやってのけているのだ。三島も太宰治にこんな気持ちを抱いていたのだろうか。
自分の「好き」を公言することはとてもこわい。「好き」を誰かに否定されたら、自分が揺らいでしまう。誰が何と言おうと自分の「好き」を押し通せる人は、よほど強靭な鎧をまとっているか、よほどババロアがアホか、どちらかである。
そんなことを日々考えながら学校に行く。今日も教室で田中のデカイ声が聞こえてくる。同い年の配信者の女の子にガチ恋しているらしい。
耳を疑った。
田中がデカイ声で愛を叫び連呼する、その配信者の名前は、わたしの活動名義だった。最近、"かわいい"と、良くコメントしてくれる新規リスナーがいるが、お前だったのか。なぜわたしだと気づかない。アホなのか。田中は強靭なアホをまとい、かつババロアがアホな、どうしようもないアホだった。
ずっと憎んでた田中が、わたしの配信を見てくれている。そしてわたしにガチ恋をしている。田中という概念は憎いが、存在は悪いヤツではない。むしろ底なしにアホで、底なしにいいヤツだ。寝る前にふと、田中と付き合うことを想像してみた。あのアホと一緒だったら、きっと楽しい毎日を過ごせるのではなかろうか…。
頭がおかしくなりそうだ。田中が愛を叫んでいるのは、「わたし」ではなく、「鎧をまとったわたし」だからだ。もうこの際ぶっちゃげると、教室でデカイ声で愛を叫び、名前を連呼されたときから、毎日毎日、田中のことばかり考えている。いつの間にか、ずっと憎んでいたあのアホを、好きになってしまっていた。
自分の「好き」を公言にすることはとてもこわい。誰かに「好き」を否定されたら、自分が揺らいでしまう。
鎧の下が「わたし」だと知ったら、もう好きだと叫んでくれなくなるんじゃないか。がっかりさせてしまうんじゃないか。それがとてもこわい。こわくて、田中に想いを打ち明けられない。田中は毎日、好きだかわいい愛してる結婚してくれと、叫んでくれているのに。だから、胸が苦しい。
早くこの苦しみから楽になりたかった。そしてある日、胸の苦しみは「好き」を公言するこわさに、とうとう勝ってしまった。
バレンタイン前夜。メン限で恋バナ雑談の枠を取った。気合を入れるためである。クラスに気になってる男の子がいることを打ち明け、明日その男子に本命のチョコをあげることを宣言した。阿鼻叫喚と応援のコメントが滝のように流れるのを見ながら、配信を終えた。
翌朝学校に行くと、田中がデカイ声で、失恋したもう生きる意味なんてない思い出すから一生コーラ飲めないと、壊れたように狂い叫び、教室の隅で嗚咽をしながらギャン泣きをしていた。
お取り込み中失礼します。突然ですが、これは義理チョコです。CALまちゃんが昨日作ってたものと同じ?たまたまでしょ。これは手作りだけど、たまたま。昨日の配信で宣言した通り、お前にあげます。受け取ってください。
いい加減察しろ、アホ。
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